「・地價修正と監獄費國庫支辨」
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時事新報に掲載された「・地價修正と監獄費國庫支辨」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
・地價修正と監獄費國庫支辨
今の民論が地價修正を唱ふる其口實は民力休養云々に在れども實際は唯政府を苦しむるの手段に過ぎざるのみ如何となれば地價修正の民力云々に寸效なきは明白の事實にして其輩と雖も之を知らざるの理由はなかる可し知りて而して之を唱ふる其志休養に在らずして他に期する所のものあるを知るに足る可ければなり然るに現政府は何の見る所あるか自から其案を提出して之を事實に行はんとす我輩の殆んど了解に苦しむ所なり抑も公平の眼を以て今日の實際を察するに民閒の苦情は實に少なからず即ち租税の負擔に就て不平を訴ふるものなれども其不平の次第を細に分析するときは必ずしも負擔の重きに堪へずして云々するに非ず今の税目の繁多にして其手數の繁雜なるに苦しむものなり即ち地租の如きは千百年來の慣習にして殆んど先天の約束とも云ふ可きのみならず維新以來は非常の輕減を見たることなれば之に對して苦情のある可き筈はなく好しや之あるも取上ぐ可きものに非ざれども地方税の負擔に至りては何れも新奇の税目にして人民の耳目に慣れざる其上に收税上の手數の如き非常に繁雜を極めて地方細民の堪ふる所に非ず左れば國庫に充分の餘裕を生じて眞實に民力休養の計を爲さんとならば先づ地方繁多の税目を除くこと肝要にして彼の監獄費國庫支辨の案の如きは最も此趣意に協ふものと云はざるを得ず抑も監獄費用の性質に於て本來國庫の支辨に屬す可きは今更ら云ふまでもなく既に十數年前までは實際國庫より支辨したることなるに政府は財政上の困難より一時の方便として之を地方に負擔せしめたるものなり若しも民論にして眞實人民の利害を心に關したらんには此處置に對して大に反對を試む可き筈なるに然るに曾て一言の反對もなく看す看す三百何十萬圓の負擔を地方の人民に嫁せしめたるの一事にても彼の民論なるものは眞實人民の利害より發するに非ずして徒に空論を喋々するに過ぎざるを知る可きなり其は兔も角もとして地方人民の私情に於ては是れは國税なり彼れは地方税なりなど一々その區別を知る可きに非ず只その負擔の大にして手數の繁雜なるに苦しむ其處に紙幣急縮の結果は一般社會の不景氣を惹起して米價の如きも非常に下落を催ほしたるが故にますます苦痛を感じて民閒の不平一方ならず地價云々の論の如きは恰も其不平に投じ民聲を裝ふて起りたるものなれど實際を云へば地租の負擔に就ては今の人民に苦情のある可き理由なし地方税の既に繁多なる其上に本來國庫の支辨に屬す可きものを一時の方便の爲めに地方に移してますます其繁を增したるが如き取りも直さず苦情の一原因と爲りたるものなれば若しも眞實に民力の休養を謀らんとならば先づ其原因よりして除くかざる可らず地價修正の如きは幾回これを行ふも全國の地價に完全の平均を得るは到底難きのみならず假令ひ之を行ふも修正の恩惠は一般に及ばずして實際に休養の效なき其反對に監獄費の國庫支辨は明白なる負擔の輕重を平均せしむるものにして民力云々の點よりするも最も至當の處分なるに政府も民論も曾て此點に注意せざるを見れば其口に唱ふる民力休養の説は人民の利害の爲めに非ずして自から爲めにする所あるを知るに足る可し前内閣の如き其政略に就ては我輩の感服せざる所のもの多きにも拘はらず監獄費の一事は民論の如何に頓着せずして之を提出したり兔に角に自から信ずる所を行はんとするの精神を見る可しと雖も現内閣は民論を怖るゝの餘り心にもなき地價修正を企てゝ却て貴族院より監獄費案を提出されたるこそ失體の至りなれ政府の失體は即ち貴族の面目にして我輩は此一事に就き貴院に重きを置かんとするものなり或は衆院は地價修正云々の爲めに貴院に同意せずして必ず此案を否決することならんと雖も貴院の面目は其否決の爲めに輕重す可らず本來を云へば監獄費國庫支辨の如きは政府より提出す可きものにして衆院も喜んで同意す可き筈なるに雙方共に地價修正の空論の爲めに事の輕重を忘れて其責任を怠り却って貴院をして之を提出せしむるに至りたるは返す返すも遺憾なれ若しも政府衆院共に其擧動を改めざるに於ては天下の識者は雙方を輕んずると同時に重きを貴院に置き或は立憲政治の變態を見るにも至る可し我輩の敢て注意する所なり