「・祕密會議となす可し」

last updated: 2015-12-26

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時事新報に掲載された「・祕密會議となす可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・祕密會議となす可し

各黨派の模樣を聞くに衆議院は二十九日の開場を俟て前會に引續き條約勵行建議案及び千嶋艦事件上奏案の議事ある可しと云ふ此場合に於て政府は如何に之を處置す可き乎曩に勵行建議案の出るや議事未だ半ばならざるに停會を命じ以て反省を促したれども其效なきに於ては是非に及ばず次ぐに解散を以てす可しとの説もあれども斯る議論の爲めに容易に解散を斷行するとは聊か早まるの傾あるのみならず又假令ひこれによりて一時制抑するを得るにもせよ爲めに衆論を緩和すること能はずして却て激動を招くの媒介にこそあれば今日の所にて解散なるものは唯勢の止むを得ざるに出づ可きのみ豫め期す可きものに非ざるなり然らば之を如何せんと云ふに我輩の所見を以てすれば其議事を祕密會議として遽に進行せしむるの得策なるが如し抑も外交問題に就き特に此種の愼重を加ふるは各國の事例みな然る所にして其旨意は修交上友國の感情を害せざらんが爲め及び政策上我が内情を曝露して他より見透かさるゝを避けんが爲めに外ならず今衆議院に起らんとする彼の兩案の性質を察するに共に是れ修交上政策上に容易ならざる大關係を有するものにして殊に三百の議士みな悉く聰明の君子にあらず往々言ふに忍びざるの言を發して怒號漫馬することさへありて知る人は能く其情を解すと雖も外國人などの耳目に觸れては均しく是れ堂々たる帝國議會の言動なれば意外の邊より意外の障害を惹起さんも知る可らざる上に事は國家の大事なれば内閣員も亦詳に事情を述べて懇談を遂ぐるこそ然る可く況んや千島事件の善後策等に就ては最も内密の要用ある可し一々これを公開議場に披露するは到底許す可らざる所にして是れまで當局者が十分の説明を與へざるが如きも一は其事の公然人の口に上らんことを憚るが故ならん堪へ難き次第なりと云ふ可し元來問題の性質かくの如きにも拘はらず衆院に於て曾て毫も憚る色なき所以のものは畢竟この問題を吟味するよりも寧ろ政府攻撃を主とするが故にして隨って成る可く其聲を大にし成る可く人心を煽動せんとの計略なる可し政府攻撃必ずしも不可なけれども他に方便手段もある可かりしに特に此種の問題を提出して然かも其論鋒は却て外交全體を傷けんとするが如きは猶ほ皮膚病を療治せんが爲めに劇藥を内服すると同樣政府を改革せんとて國家を苦むることゝ可し左れば今日の際議會は唯穩に始末するの外なくして其これを爲すや先づ會議を祕密にして政府とも懇談を遂げて無謀の極端に走らざらんこそ肝要なれ且つ衆院が公開以て世上に發表せんとするは發表以て輿論の聲援を借らんとするの内心ならんと雖も斯くては議會は漫に無智の人民を煽動するに非ざれば政府に敵對すること能はずと恰も自から其氣力を證明するが如きものにして平生政府が院議を重んぜずとて不滿を訴へながら自からも重きを置かずして心竊に世の激動に依賴せんとするとは我輩の甚だ感服せざる所なり何れの點より見ても彼の兩案は祕密會議に付す可きものにして議員自から進んで祕密の説をなさば由て以て大に信用を博するに足る可しと雖も萬一これを顧みざるに於ては政府は宜しく議院法によりて會議の祕密を要求し十分の懇談あらんこと敢て希望する者なり事柄は替れども官紀振肅問題に付ては衆議院が豫め政府に質問もせずして濫に上奏權に訴へたりとて過般總理大臣の演説にも又近日樞密院の奏議にも嚴しく之を咎めたるが如し果して然らば兩案の議事に付ては勉めて此遺憾なからしめんこと政府も議院も共に注意して然る可しと我輩の竊に信ずる所なり