「電話交換を民業と爲す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「電話交換を民業と爲す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

電話交換を民業と爲す可し

電話機の發明は十數年の以前に屬すれども之を人間日常の用に供するに至りしは極めて近

來のことにして西洋諸國に於てさへも昨今漸く其効能の大なるを實際に發見しつゝある位

の次第なり我國にては明治二十三年に始めて東京橫濱に交換局を設立して電話の事業を開

きたるに人民は忽ちにして其利益を知り爾來續々加入者を增して營業益す擴張し今日に至

ては會社、商店、醫師、代言人等苟も社會に立て繁雜の業務を取る者の爲め缺く可らざる

必要品と爲りたるこそ近來の一大怪事なれ畢竟するに日本人が文明の利器を利用して自か

ら益するの能力に乏しからざるの證據にして我輩の竊に滿足する所なれども茲に不都合千

萬なるは其架設を申込む者の日に增加して催促頻りなるにも拘はらず政府が自家會計上の

都合よりして人民の需に應ずること能はざるの一事なり去月九日の時事新報に「電話架設

の繁盛」と題して左の記事を掲げたり

 今回の逓信省豫算要求書に説明せるが如く電話交換は加入を請ふもの年を逐ふて增加し

二十三年度より二十五年度に至る加入申込人員は千五百六十四人にして本年度は去る四月

より八月に至る五箇月間に申込人員既に四百七十六人に達し之に據りて本年度中(即ち明

年三月末日まで)の申込人を推算すれば都合千百餘人に達する勘定なるが何分建設費に限

りあるを以て到底その申込みに應ずる能はずして先づ本年度内には總數千六百四十七人

(開始より合算して)以上を超過するを得ず依つて來る二十七年度には千餘人の申込人を

持越す勘定なるを以て同省にては明年中に千人の加入に應ずる爲め東京電話交換所の增設

費として二十萬千百七十三圓二十錢五厘を要求するに至れり斯の如き盛况なるを以て今よ

り申込む者は明年末か或は明年後に入らざれば架設せらるゝの見込なきより目下既設電話

の權利は賣買せられ其權利を讓り受けんには百圓乃至百五十圓を要し明年二三月頃に架設

せらるべきものは其權利のみにて六七十圓にて讓渡さるゝ勢ひなれば若し不幸にして豫算

不成立となる塲合には既に申込みあるものも明後年に延さるゝのみか今より申込まんとす

るものゝ如きは殆んど其架設の期を豫定す可らざるに至るべし盖し豫算不成立となれば本

年度の豫算に因るの外なく而して本年度の豫算は僅かに五百人計りの加入に應ずることゝ

なり居れば兎ても其需用を充す能はざるは勿論にして又本年度の豫算のみにては經常費に

於て不足を告げ到底その儘にては立行ず云々

盖し電話加入者の增加するは即ち其れ丈け交換局の収入を增加することにして營業者たる

政府の爲めに利益なるは勿論一方に於て人民が頻りに加入を希望して其爲めには規則外に

餘計の錢を拂ふをも辭せざる程の好景况にてありながら俗に云ふ杓子定木の豫算に限りあ

りとて人民の所望を滿足せしむること能はずして營業に利す可きの利を利せず誠に馬鹿氣

切つたる次第にして何と評論の言葉もある可らず而して此不都合を除くの方法は如何と云

ふに我輩の所見を以てすれば電話交換の事業をして政府の手を離れて純然たる民間の事業

たらしむるの外に策なしと信ずる者なり或は今日の弊害は議會が漫に政費を節減するの結

果なれば此處暫らく辛抱して議會の形勢一變するを待つに如かずとの説もあらんかなれど

も如何にせん議會と政費節減論とは殆んど相離れ難きの因縁ありて何年を經れば衆院の議

塲に豫算削減の聲を聞かざるに至るや知る可らず斯る當もなき事を當にして眼前に差掛り

たる社會の不便利不自由を等閑に附するは實に不深切の至と云はざるを得ず且又假令ひ萬

一にも議會の故障にして全く消失することあるも我輩は尚ほ電話交換の民業たらんことを

欲する者なり何となれば此事業の如きは寧ろ商賣的の仕事にして營業者は常に機に臨み變

に應じて事を處するの覺悟なかる可らず商賣の思想に乏しき役人輩が究窟なる會計法に束

縛せられて毎年の始に豫算を立て假令ひ損するも益するも其一年丈は豫算の定むる所に背

くことを許さゞるが如き非商賣的の仕組にては到底滿足なる成績を得るの見込なければな

り抑も電話交換の繁昌するは唯に人民の爲めに直接の利益なるのみならず是れに由て以て

我國文明の程度を世界に示すの効能あるものなるに區々たる政府會計の都合の爲めに空し

く其發達を阻碍するは返す返すも遺憾に堪へず本年の臨時議會には是非とも電話交換を民

業とするの議案を提出せんこと我輩が天下人民の爲めに政府に向て切に勸告する所なり