「新議會の性質如何」
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本文
新議會の性質如何
第五議會は客冬解散せられて官民共に正に撰擧の用意に忙はし其撰擧の結果なる新議會の
性質如何は世人の今より注目する所なる可し從來議會の有樣を見るに議員の多數が感情一
偏より政府に反對して議會の體面にあるまじき言論を試み只騒々しきのみにして毫も實效
の見る可きものなきは畢竟議員中に自から他の儀表として進退の中心たる可き長老の人物
なく全く多數の感情に一任して謹しむ所を知らざるが爲めなれば眞實政府と相對して議會
の體面を保たしめ事の實を擧げんとするには先づ議員の人選を謹しみて適當の人物を得る
は素より望む可らざるの注文なれども今の在朝の元老もしくは在野の老政客中には年來の
經歴自から重きを成して政界に名望あるの人物少なからず是等の人々が自から議塲に出
でゝ衆員の間に坐を占むるときは演説議論の上に於ては素より人を感服せしむる程の技倆
なきも其名望は不言の間に他の輕躁を制し議塲の言論をして自から謹しむ所を知らしむる
の效ある可しとて我輩は曾て其人々が爵位の牽束を脱して親しく議會に列席す可きことを
勸告したりしが今日と爲りては其事も容易に行はれざるの事情あるが如し第二議會解散し
て總撰擧を爭ひたるものも少なからざりしかども今回は如何と云ふに政府は解散の斷行に
就て頗る决心する所あり或る問題に關し或る程度までは飽くまでも其意見を貫くの覺悟な
りと云ふ其一方に撰擧の方針は嚴正中立を守り只法律を嚴行するのみにて同臭味のものを
助くるが如き斷じて爲さざる所なりと云へば其結果は無論民黨の多數を見るに至ることな
らん而して其多數は或る問題に於て必ず政府に反對することならんなれば政府の意見果し
て確乎たるに於ては又もや解散を行ふの外なかる可し其成行甚だ明白にして政府が飽まで
も意見を貫くと云ふは今日の有樣にしては取りも直さず解散又解散の斷行を覺悟したるも
のと見るも差支なき所なれば此事情より推測して新議會の性質を知るに難からざる可し即
ち從來は政黨以外に獨立の士人にして其意見を實にし國家の爲めにするの考にて自から好
んで議會に出身したるものもありしかども事態既に斯くの如くなる上は其意見を實にする
の望なきは勿論、假令ひ國家の爲めと云ひながら解散又解散に遇ふて毎年毎年撰擧騒ぎに
心身を勞するのみとありては實に御苦勞千萬にして先づは御免を蒙るの工風に及ぶことな
らん現に我輩の知る所にても此邊の意味を以て自から候補者たるを斷念したるものも少な
からず一般の事情、右の次第なれば今回の撰擧に熱心なるものは從來の行掛上、退くに退
かれぬ政黨員か若しくは政府攻撃の演説に功名を博せんとする新出身の政客輩にして人品
の低落と同時に其論調は却て劇を加へて議塲の言論ますます無遠慮ならざるを得ず新議會
の有樣今より想ひ見る可きなり而して政府が解散を行ふごとに議會の性質次第に下品に傾
き人品下落、論調激昻の勢はいよいよますます甚だしきのみなれば斯る最中に長老たる人
物の出身を望むも無益の沙汰にして今後の對議會は恰も野飼の悍馬を御するが如く解散又
解散、鞭撻又鞭撻以て他の自から屈するの時機到來を待つの外なきのみ誠に困り果てたる
次第なりと云ふ可し
抑も政府の當局者が國會を開設したる當初の希望は眞實立憲の治風を行ふて圓滿の結果を
収めんとしたるに外ならざる可し其輩が編纂の事に與りて其力少なからずと稱する憲法を
見れば實に完全無欠にして立憲國の大法典たるに恥ぢず然るに其大法典の實施に就て今日
の如き始末とは當初の希望全く相違したることならん然りと雖も人生鬼神の明あるに非ず
其希望の相違は致方なしとして今後は百方に苦心盡力して議會の言動をして憲法の精神に
副はしむるを勉むること當局者の責任なる可し即ち此五六年の間は如何なる困難到來する
も飽までも其地位を守り飽までも其意見を行ふと同時に種々の方法手段を盡して以て民論
の自然に正に反るを待つの一事なれども若しも半途にして困難に堪へず荒れに荒れたる人
心を其儘にして自から退くが如きこともあらば其責任は天下後世に免る可らず所謂憲法擁
護の精神とは决して斯くの如きものに非ざる可し