「私設鐵道の許可何ぞ遲遲たるや」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「私設鐵道の許可何ぞ遲遲たるや」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

私設鐵道の請願は昨年來既に五十餘箇處の多きに及び當局者に於て取調中のよしは夙に聞く所なるが許否共に决せざるもの甚だ多きが如し緩慢至極と云ふ可し素より無數の請願中には既設の線路に接近して利害相容れざるものもあらん又は敷設法に規定したる豫定線との關係に於て容易に决し難きものもあらん何れも取調を要するものにして一概に許す可らざるは勿論なれども實際是等の事情に關係なき單調の請願は直に許可して差支なかる可し從來當局者がとかく私設の許可を澁りたる一の原因は我國目下の事情に於て續續鐵道の事業を許すときには世間に融通の資金は忽ち其一方に吸收せられて金融社會に恐慌を見る可しとの掛念ありしが爲めなれども聞く所に據れば過般鐵道會議の委員會にては施設鐵道に對するの方針を議して鐵道事業の許可は日本の經濟上に影響を及ぼすものに非ずとの説に决したるよしなれば當局者も此點に就ては最早や從來の妄想を脱却したることなる可し或は之を許すに就ては營業の利害損益取調の必要あり輕卒に决す可らずと云はんか自から一理あるが如くなれども是れ又一種の妄想たるを免れざるものなり多數の請願中には或は投機射利の考にて實利の如何に拘はらず唯許可を僥倖せんと謀るものもあらんかなれども斯くの如きは一見その情を知るに難からず眞實企業の心ある輩に至りては自から資金を投じて利を收めんとするものなれば計畫に油斷はある可らず利害損益は充分に研究して確かなる見込あればこそ請願に及びたる次第なるに單に席上の議論を以て取調云云などとは全く入らざる御世話のみか請願者に取りては實に難有迷惑と云はざるを得ず前に記したる如き不都合の事情明白なるものの外、取調の必要は絶無と云ふて可なり我輩の敢て保證して當局者の安心を乞ふ所なり抑も彼の鐵道敷設法は不完全の點少なからざるにも拘はらず着着その僅に實行したらんには兎に角に幾分か擴張の目的を達することを得べきなれども議會の有樣を見れば只政治の空論に忙はしく實業の利害は殆んど度外に置くの情態にして敷設法の如きは有れども無きに異ならず本來鐵道の如き國家急要の大事業を今の議會の議决に任ずるとは間違ひの沙汰なれども其法の存する限りは如何ともす可らず矢張り其議决を待たざるを得ず實に堪へ難き次第ならずや然るに日本の人民も最早や議會の頼むに足らざるを悟り官設論の都て空なるを發明したるものか自から鐵道の事業を企てて私設の請願續續踵を接するに至りしは此上もなき好機會なれば此好機を外さず颯颯と許可して發達の途を開くこそ當局者の機轉なる可きに此塲合に臨みて譯もなきに躊躇するとは何事ぞや解す可らざる所なり事■(てへん+「丙」)こそ異なれ彼の各地取引所の許可の如きは政府の英斷として賞賛せざるを得ず多數の取引所の中には大に繁昌するものもあると同時に最初の氣込に反して自から倒るるものもあらんなれども盛衰興廢は商賣の數にして豫め知る可らず况んや之を許可するに當りて未來の成行を相するが如き到底叶はざることなれば法律の上に差支なきものは速に許して自然の結果を待つの外なきのみ鐵道の敷設と取引所の損得如何は發企人の自から負擔する所にして他人の關係す可きものに非ず苟も事に害なき以上は其請願を許さざるの理由ある可らず况んや今の人民决して愚ならず如何なる大事業を企つるも利害は既に自から研究して遺算なきことなれば坐上の空想を以て傍より掛念するは野暮の譏を免れざる可し我輩は唯當局者の大膽ならんことを祈るのみ