「合衆國財政困難の由來」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「合衆國財政困難の由來」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

左の一編は米國下院の財務委員長にしてデモクラチツク黨の新關税法案提出者たるウヰルソン氏の論文を抄譯したるものなり米國關税の變動は日本の貿易上に影響すること最も容易ならざれば記して以て貿易家の參考に供す

合衆國財政困難の由來

合衆國は他の國國と事變りて歳入の高、常に歳出に超過し毎年政府の會計に巨額の剩餘金を生ずるを以て世界に有名なりしが近來に至て年年の剩餘金次第に■(にすい+「咸」)少し現に千八百九十二年七月より九十三年七月に至る一年間の如きは歳入の歳出より多きこと僅に三百萬弗に過ぎず爾後收入は益す■(にすい+「咸」)少し支出は益す増加して遂に昨年十一月末には政府の會計に殆んど三千萬弗の不足を告るに至れり余は爰に合衆國の財政が如何にして今日の如き困難の境遇に陷りたるか其由來を略述す可し千八百八十九年度の歳入は歳出に超過すること一億五百萬弗にして同年三月四日クリーヴランド氏大統領の職を去りてハリソン氏これに代りたるとき新政府が舊政府より引繼ぎたる大藏省の有金は總て一億八千五百萬弗なり而して千八百八十八年の撰擧にレパブリカン黨は唯に行政權を得たるのみならず上院にも下院にも同黨の議員多數を占めたれば財政の事は一切其欲するままに處理して之を妨ぐる者なく僅僅四年の間に斯る巨額の剩餘金をば盡く使ひ果して今日は却て不足を見るに至れり同黨の政客は實に合衆國の財政をして目下の難局に陷らしめたるの責を免る可らざるものと知る可しレパブリカン黨は保護政策を實行して米國の商工業を奬勵することを主張すれども實際彼れ等の目的とする所は國民全體に課税して以て少數の製造業者を利せんとするに在りて苟も少數製造者の利益とならざる以上は假令ひ納税者に於ては悦んで納めんとする租税にても之を賦課することを見合せて他に新税源を求るの常なり左ればハリソン内閣の組織せらるるや先づ第一に煙草をば「貧民の必要品」なりと認めて大に其税を輕くし又勞働者の食用品に税を課するは不可なりと稱して砂糖の關税を全廢したり盖し此二種の税は少數製造者の爲めに特別の利益最も少なければなり唯可笑しきはレパブリカン黨が煙草を貧民の必要品なりとして■(にすい+「咸」)税し置きながら貧民の爲には最もなくて叶はぬ羅紗の衣服に六割の重税を課して怪まず又勞働者の食用品なればとて砂糖を無税品と爲しながら一方に於ては食膳に用ふる皿、茶碗、鉢、包丁、肉刺、罐詰肉、鷄卵等の税を非常に重くして恬然たるの一事なり之を要するにレパブリカン等の盡力に由り合衆國の人民は政府に納る租税の一部を拂はずして濟むこととなりたる其代りにマツキンリイ氏法(即ち新關税法)を編成するに與りて力多かりし國中の大製造者に向て是れまでになき重税を拂ふこととなりたる者と云ふ可し

右煙草砂糖の二税源を失ひたるが爲に今日までに合衆國政府の歳入を■(にすい+「咸」)じたること凡そ一億五千萬弗なれば若しも之を以前のままに存し置きたらんには目下の財政困難はなくして已みたる筈なりレパブリカン黨の國家に害毒を及ぼしたるの罪また大なりと云ふ可し然るに該黨の政客は此二税の廢止を以て未だ滿足せず剰剰金消費の新手段として公債償却のことを思ひ立ち未だ期限の來らざる公債證書を額面以上の價にて買收することを始めたり大藏卿ウヰンドム氏は千八百八十九年三月四日より同十月一日に至るまでの間に六千七百萬弗を支拂ふて千八百九十一年限四朱五厘付の公債證書を額面以上五分乃至八分の相塲にて、又千九百七年限四朱利付の公債を額面以上二割七分乃至二割九分の相塲にて買收したり又千八百九十年十二月大藏卿の報告に據れば政府は同年六月以後に九千八百三十萬弗を支拂ふて七千五百八十萬弗の公債を償却したりと云ふレパブリカン黨は又砂糖製造保護案を可决して同製造者に金を與へたる其總計凡そ一億七千萬弗に達せり然れども合衆國の國庫を空虚とするに與りて最も力ありしものは即ち千八百九十年七月三十日に發布したる恩給條例なり此法律の爲めに恩給金を受る者の數、頓に増加し毎年政府の支出に六千萬弗の増加を生じたり

斯の如くレパブリカン黨が只管政府の剩餘金を殺■(にすい+「咸」)せんことを勉るは何故なるかと尋るに全く一方に於て大に關税を重くして國内の製造業者に利益を與へんとするの策に外ならず既に國内に於て取る可きの税源なくして政府の支出は益す増加するとありては唯關税の收入に依頼するの外ある可らず是れぞ即ち彼れ保護論者の心に期する所にして彼れ等の是れまでに施したる政策は一として此目的を達するの手段たらざるはなし今やデモクラツト黨は斯る失政の後を引受けて之を整理するの任に當る者なり吾吾の業務も亦困難なりと云ふ可し(以下會社所得税の説は之を略す)