「政論の穩激」
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時事新報に掲載された「政論の穩激」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
藩閥政府を打破して責任内閣の實行を望むとは民黨の高旌に大書して輿望を繋ぐの綱領なり正正堂堂至極尤もなるに相違なけれども彼を打破し是を實行するに就ては先づ第一に政黨の状况果して能く之に堪ふるや否やを見定むるこそ肝要なれ葢し民黨とは漠然たる名稱にして政府反對黨と云ふに過ぎず其反對の中には曾て吏黨と稱せられたる國民派もあり軟化の噂高き自由黨とても稍稍その調を異にするのみ其他改進同盟同志等種種樣樣のものありて何れも第五議會までは議院に百名以上の黨員を有するものとてはなく而も互に猜忌して足並の不揃なること迚も英國流の責任内閣を遂行するに足らざるは事實に徴して明白なり畢竟我國民の未だ新政體に不慣なるに由ることなれば積弊政府の改革祈らざるに非ずと雖も暫く國事大切と諦めて國會にても政府が傍若無人の擧動を制しつつ徐徐に双方の改良發達を務めたらば遠からず責任内閣の運命に到着して其經〓亦甚だ圓滑ならん性急の沙汰决して無用なりとは毎度我輩の陳べたる所にして國會開設の以前より特に此點に憂慮を抱き官民の間に勸告して論説怠らざりしかども政府は勿論民間政治家もますます愼重の訣を失ひ獨り我輩の憂慮を實にして毫も勸告を用ゐざるは窃に嘆息の至りに堪へず抑も國會論の始めて起るに當てや世に尚早と及期との二派ありて甲は今の民度にては徒に國事を誤るのみなりと云ひ乙は早く開設するに非ざれば練習の暇なかる可しと論じて其勢力相下らず纔に及期派の勝利に歸したれども兩派とも國民の新政に不慣なるは當さに今日の如くなる可きを想見し當分練習の爲めにとて議論一决したることなり即ち及期派とても口には方便として民權の大に伸暢せざる可らざるを唱へながら心には國會の權限とても府縣會の如きものならんと推測し又現に府縣會の例に照し國會開設の早からざるを論じたる者もありて憲法の發布を見るに及び始めて其寛大なるに驚きたる次第なりしにイヨイヨ開會となりて後は唯その權限に任せて急進を事とし絶えて練習を意に介せざるのみか條約■（がんだれ＋「萬」）行論の如きものさへ提起して以て攻撃の具となすに至りては將さに國事を誤らんとするものにして當時の尚早論者に先見の明を誇られても或は申譯なきが如し誠に心外の限りと云ふ可し凡そ穩と激とは事物の優劣を量るの尺度となす可し人の穩なるは大人の常にして其激なるは少壯の風なり言論文章も亦これによりて優劣を見るに足るとすれば今の政論は寧ろ退歩して拙劣に近づくの觀なき乎學藝商賣等は日に月に進み人の程度すべて昔日の比に非ざる目出たき國内に於て獨り政論のみ次第に下落に傾くとは實に異相と云はざるを得ず今の有樣より察するときは國會議員の如きも政論と共に人物の下落を來たし第六第七撰擧の度毎にいよいよ下落して底止する所なかる可し葢し其責の歸する所いづれにありや政治家の爭權に汲汲たる漫に激風を煽動するが故か或は人民の物數寄なる其ますます激なるを見て之を喜ぶが故か箇箇人人に就て聞けば皆その激を笑ひ且つ嘲りて而して實地に至れば自から嘲笑せらるるの人となりて怪まず不可思議千萬とこそ云ふ可けれ我輩は政治家と云はず一般人民と云はず篤と從來の沿革と方今の得失とを考査して一讀翫味あらんを臨む者なり