「印度の銀問題」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「印度の銀問題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

倫敦發の電報に據れば印度政府は自今カウンシル、ビル(同政府が英國にて支拂を爲すために發行する印度大藏相宛の證券)を毎週市價にて賣拂ふことに决したりと云ふ(本月二十一日の時事新報電報欄内)抑も印度國に行はるる通貨は留銀にして政府の歳入は都て此銀貨にて徴集するの慣習なる其一方に於て同國政府は公債の利子、軍隊の維持費、其他種種の費用として毎年凡そ千六百萬磅の巨額を金貨にて英國政府に支拂ふ可き義務あるを以て近來銀相塲の下落甚だしきが爲めに政府の會計に未曾有の困難を生じ昨年に至ては最早や破産の外に殆んど路なき程の慘境に陷り進退維谷の曉遂に同年六月最後の手段として斷然多年來の幣制を改め銀の自由鑄造を廢止して同時に都て政府の歳入計算には十五留を以て一磅と爲す可き旨を布告したり(即ち一留の相塲十六片に當る)盖し此改革の目的は印度領内に銀の輸入を防ぎ留貨をば一種の補助貨と爲して其相塲を高くし以て政府の收入と支出と相償はしむるの一事に外ならざりしなれども其後實際の成績を見れば改革者の期したる所は全く齟齬して印度政府一紙の布告はよく世界の大勢に逆ふて留貨の價を維持するを得ず大藏卿が倫敦にてカウンシル、ビルを賣らんとして十六片の相塲に買ふ者なきゆゑ止むを得ず少しく低價にて賣捌きたりしに忽ち改革派の攻撃を蒙りて默止し難き塲合と爲り又止むを得ず其低價に制限を設けて少なくとも十五片四分の一より以下の相塲にては賣拂はざることに决定したり然るに世間にては此相塲を不當なりとして更に應ずる者なく是れが爲め昨年七月より十二月までの間にカウンシル、ビルの賣高は僅に九十萬磅計にして之を一昨年同時期の賣高に比すれば凡そ七分の一に過ぎずカウンシル、ビルの賣捌斯く不景氣なるよりして印度政府は立どころに毎月の經費支拂の錢に窮し遂に公債を發行して一時を彌縫するの必要を感ずるに至れり然のみならずカウンシル、ビルにして賣れざる間は印度政府の徴集したる租税は都て空しく國庫に堆積して商賣市塲に出るの路なく爲めに同國の金融に容易ならざる影響を及ぼすを以て大藏卿の苦心一方ならず遂に去月下旬意を决してカウンシルビル五百萬留を倫敦市塲に持出して公賣に附し其中二萬五千磅をば一留十四片少餘の相塲にて賣拂ひたり此一擧は即ち留貨に十六片の人爲價格を附したる政策の全敗を證明するものにして續て又此度の電報に據り印度政府が留貨維持のことを斷念したるの事實は愈よ明白とはなれり今後同政府は如何なる方策を取りて目下の危急を免かれんとするか或は大に英國の保護を仰で金塊を買入れ純然たる金貨國と爲すが如きも自から一法ならんかなれども昨今の有樣にては容易に其事の行はる可しとも思はれず兎に角に印度の財政は今日に至りて毫も困難を■(にすい+「咸」)じたるの徴候なければ昨年の幣制改革は先づ以て失敗に歸したりと斷言して差支なかる可し而して此失敗の責任は都てグラツドストーン内閣の頭上に落るものにして英國の政治社會には既に此問題を楯に取りて頻りに現内閣を攻撃する者なきに非ず思ふに同國保守黨の中には兩貨制を主張する論者少なからざれば或は自今同黨は金銀論を以て黨派問題と爲し大に現内閣を攻撃して遂にはグ氏をして辭職せしむるに至ることなしとも云ふ可らず我輩は刮目して今後印度政府の財政始末如何を見んと欲する者なり