「水害補助費の支出(昨日の續)」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「水害補助費の支出(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

水害補助費の支出(昨日の續)

國庫金支出の實際に於て前號に記したる如き不始末ありとすれば之を目して濫出と云はるゝも辨解の辭なき次第なれども何故に當局者が斯る事實を看過して容易に補助費を支出するやと云ふに畢竟地方政の不取締に原因するものと云はざるを得ず地方の有樣を見るに彼有志家なる者が勢力を逞ふして地方の爲めに周旋すると云ひ公共の爲めに運動すると稱して如何なる事にも關係せざるはなし其周旋運動は只愚民輩の歡心を買ふて自家の爲めにせんとするものにして水害事件の如きこそ其輩の爲めには屈強の好機會なれ竊に地方の人民を勸め針小の損害を棒大に繕ふて國庫の補助を請願せしめ自から周旋運動の勞を取り以て人氣に投せんとする其魂膽は一般に認むる所のみか地方官などは百も承知の事なれども其事實を慥かめずして斯る無稽なる請願を真面目に取次ぎ願意の徹底に盡力するが如きは何故なるやと云ふに彼有志家中には國會議員又は縣會議員の輩などもありて其勢力容易に侮る可らず若しも地方官がなまなか之に反對して願意を拒絶することもあらんには忽ち地方に不親切なりとの名を付せられて例の辭職勸告、榮轉請願等の運動に遇ふか又は縣會に於て不信任の決議を爲すなど種々の妨害を試みるのみならず或は國會議員の輩などが中央政府當局者の間に奔走して巧に説き廻はるときは時としては其地位を動かさるゝが如き奇變も圖る可らずとの掛念よりして百も承知の事實を知らざる體に装ふて有志家の運動に賛成し中央政府に對しても熱心を表する次第なりと云ふ長官たる知事尚ほ且然り况んや郡長の如き市町村長の如き只管有志家の鼻息を窺ふのみなるは無理ならぬことにして今日の地方政は恰も他の成を仰ぐの有樣なりと云ふ驚き入りたる次第と云はざるを得ず地方政監督の任に在る中央政府の當局者たるものは果して是等の事實を認めざりしか或は之を認むるも地方官と同樣、有志家の反對運動を憚かりて深く其邊の内情には立入らざりしものか兎に角に斯る事實のあるにも拘はらず莫大の金額を支出したりとありては當局者も亦その責を免れずと云ふ可し大政の局に當るものは虚威虚飾の空威張を止めにし一般に對して愛嬌を専一とすること肝要なる其代りに行政權の一段に至りて固く執りて一歩も讓る可らずとは我輩の常に勸告する所なれども當局の輩は尚ほ未だ悟らざるか依然虚威虚飾を事として空威張を止めざるのみか或は法律一偏を楯にし代言的の擧動を演じて自から得意を催ほしながら一方に地方政の始末如何を見れば前記の如く行政權はますます萎縮して殆んど無紀律暗黑の境界に在るが如し此有樣にて推行くときは政府の維持も覺束なき次第にして呆れ果たる始末を云はざるを得ず或は水害費の支出に就ては前例に照らしても世間に違憲云々の反對ある可きは最初より明白なるに當局者は其反對を期しながら六百萬圓の大金を支出したるは如何にも大膽の擧動にして此一事以て現内閣の勇氣を見るに足る可しとの説もあるよしなれども我輩の見る所を以てすれば其支出は取りも直さず地方政の不取締に原因するものにして寧ろ政府の弱點を示したるものゝ如し彼の違憲論の如き單に其手續の當不當を論ずるものにして其聲は頗る大なれども事の結果は讓り其事を承諾するとせざるとの問題に過ぎず事實に於ては深く恐るゝに足らざるの議論なれども若しも議會が違憲問題を外にして實際の事實に立入り一々詳細の質問を試みることもあらば當局者は如何なる辭を以て之に答辨す可きや我輩は政府の爲めに今より之を危ぶむものなり (畢)