「條約改正の端緒」
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時事新報に掲載された「條約改正の端緒」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
條約改正の端緒
近來巷〓の傳える所を聞けば夙に我が朝野の大問題として屡々粉雜をさえ釀したる彼の條約改正の件も漸く歩を進めて成功或は近きにある可しと云う其改正の箇條は如何なるものなりや我に何程を〓めて彼に何ほどを讓したるや又締盟國中何れの國が先づ之を承諾して何れの國が躊躇せしや都て我輩の與り知らざる所にして假令へ竊に聞き得たる所ありとするも固より外交の秘密に属することは漫に世間に吹聽す可きにもあらず唯一日も早く其成就を心に〓るのみなれども我輩の察する所を以てすれば今日の事態、迚も天下一般を滿足せしむる程の改正は望みなきことゝ〓做さざるを得ず唯我輩は最〓よりして一時に完全を期する者に非ざるが故に改正の條項中間々不滿足の所あるも敢て遽に驚かざるのみ蓋し眞の對等條約の如きは目下言う可くして行う可からざるは甚だ明白なる次第なれどもいよいよ發表の日ともならば彼の排外論者を始め所謂民黨に於ては事の利害得失如何に拘わらず只管政府を苦めんが爲め恰も其瑕〓を顕微鏡に照して針小棒大以て攻撃非難の料に充ることならん政黨者流の運動としては左ることながら我輩は之に向て大に不同意を表せざる可からずと云う其次第を述べんに抑も現行の條約なるものは安政年間舊德川幕府の締結したるものにして爾後年限を定め双方の都合により改正する約束なりしも國事多端これを顧みる遑なく且つ當時我國の有樣たる未だ文明の域に達せずして我より改正を促すと雖も容易に各國の同意を得ること能わず夫れ是れの爲めに〓〓年を閲して遂に改正の期限をも經過したれども近年に至り國の進歩と共に捨置く可からざる事〓日にますます切迫して之を希望する念慮も亦随てますます深く日本國中の心力を此一事に注ぐ甲斐もなく或は當局者中の不折合或は締盟國の不承諾等よりして今日尚ほ未だ目的を達するに至らざることとなり之を喩えば悪き人を對手に金を貸したると同樣、金は固より此方の者なれば返濟期日に至り催促しても受取る可き筈なれども或は其催促の際、談判の行違いもあり或は先方には亦先方の都合もあり口實もある等にて兎角容易に辺辨する塲合に至らざるものゝ如し然るに時運の趨く所たびたび談判の効も現われつゝありとは誠に喜ぶ可き限りなれども從來の行掛よりして考えれば迚も一時に皆濟などとは覺束なく詰る所は年賦返濟とも云う可き終局に落着することならん人事不如意の世の中に在て大勢の免がる可からざる所なるに我民論者は此返濟法に異〓を唱え一時皆濟に非ざれば〓して承諾せず即ち對等條約に非ざれば締結せずとの意氣込にして如何にも道理あるに似たれども左りとは餘りに過激の談にして時と塲合とを顧みざる書生論たるを免れず假りに此流の〓に從ひ一時に現金皆濟の望を達することありとするも其談判掛引の爲めには多くの時日を費して今より十年を要するか乃至二十年の後にあるか前途遼遠なる其間は現行の無條理なる條約を遵奉して依然その曲を蒙らざる可からず智者の取らざる所なり左れば不充分ながらも幾分の權理を我に〓めて一先づ改正を行い更に年限を定めて又改正を行い改正に改正を加えて漸次完全の域に達する外なきことにして前記の所謂年賦辺濟を甘んぜざる可からず之を是れ思わずして直ちに貸金に對する權理のみを主張し更に逸して排外的の針路に逆行するが如きは國家後來の爲め實に由々しき一大事なり徒に語氣を〓にして愚民を煽動するは苟も政治家を以て任ずる士君子の爲す可きにあらず國家の大事は無智の愚民を謀る可からざるは勿論世態を察し人〓を酌み百事圓滑を旨として〓に所望を達するこそ爲政家の本意なれ〓〓を以て他を威服せん〓とは對手の何物たるを顧みざる無謀の言のみ且つ現行條約たる締結以來曾て一たびも改正を加えたることなし〓て改正と云うえば至難の如く想わるれども之を〓行して恰も改正の端緒を開くときは後日の改正も亦甚だ容易なる可し或は現條約に定めある改正期限も〓に空しく經過して今猶此の如くなる例に徴し之を難ずる者もあらんなれども時勢の進歩は〓して昔日の態を許さず論者も心を安くして可なり之を要するに此度の改正は改正の端緒を開く爲めの改正にして充分の權理を〓めんとする改正に非ざるを理會し以て事に當らんこと我輩の豫め注意を加える所なり