「感情を一掃す可し」
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時事新報に掲載された「感情を一掃す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
感情を一掃す可し
明治十七年京城の變亂以來、我對朝鮮の政略一變して〓て彼我の關係、舊時の如くならず兩國の交際は只表面の儀式上のみにして隣交唇齒の〓なく彼人民の我國を〓ること啻に冷談のみか寧ろ仇の如しと云うも過言に非ず一大英斷を施して其感〓を一掃するに非ざれば圓滑の交際は到底望む可からずとは我輩の毎度、切論したる所なるが今回の暗殺事件に就てはいよいよ〓斷の必要を見るが如し前號の紙上に於ても聊か此事に論及したれども更に其次第を述べんに十七年以來彼我感〓の衝突は延て兩國の貿易上に及び現に京城に於ける日本の商賈は年々衰微の一方にして居留の商人も次第に其他の開港塲とても大同小異にして貿易の不味を告げざるはなし例の防穀事件の如き即ち金玉均の死體の始末の如き他の忠告を容れずして殘酷なる極刑を施し剰へ其下手人なる洪鐘宇を賞するに重官を以てする議さえありと云う其國人一般の感〓如何を窺い知るに足る可きのみならず彼朴泳孝に對して暗殺を企てたる李逸植其他の輩の如き我國に於ては固有の國法に據りて處罰することなれども彼等が洪鐘宇の行爲を賞賛するが如き心よりして此處罰を見るときは恰も日本人が殊更らに其忠臣を苦しむるものとして敵〓の〓を引〓すこと必要なる可し到底、理を以て諭す可からざるは勿論、其衝突の源は感〓にして然かも衝突に衝突を重ねて最早や解く可からざる極點に達したることなれば今日と爲りては只、力を以て其感〓を一掃せしむる外に手段ある可からず我輩の敢て〓斷を希望する所以なり若しも然らず之を等閑に附して顧みざるときは双方の感〓ますます結ばれてますます妙ならず遂に或は不慮の事端を生じて交際を破るが如き奇變も〓る可からずと云う其次第は若しも朝鮮の政府が彼洪鐘宇の如き兇漢を賞するに重官を以てするが如きこともあらんか其擧動は恰も謀殺を〓唆すると同樣にして彼國の〓士輩たるものは此擧動を見ていかでか奮激せざるを得ん事成りて國に歸るときは重賞を得べし成らざるも亦以て忠臣の名を博するに足る可しとて續々日本に渡來して謀る所あるは勿論、其輩の如きは〓生より我國に對して不快の感〓を懐く者共なれば更に一轉して如何なる事を演ずるやも知る可からず我國の治安の爲めにも容易ならざる次第なれども此際政府に〓斷の勇なくして豫め事を未然に防ぐ處置に乏しく優柔不斷、以て彼等の感〓を恣にせしむる成行もあらんか日本人民も〓して無感〓の人民に非ず殊に血氣の〓年輩は感〓一偏に制せらるゝ常にしていよいよ堪え難き塲合に至るときは如何なる手段に出づるやも知る可からず〓年の大坂國事犯の事件の如き十七年の變亂後、我對韓政略の變化に不滿を懐きたる結果にして〓艦遠きに非ず我輩は固より〓素の主義に從い萬々事を好む者に非ざれども〓す可きに〓すること能わずして一日の安きに安んじ俗に云う臭い物に盖をするは一見或は巧なるに似たれども何かの機に際して大に其臭氣を發することもあらんには兩國の不幸これより大なるはなかる可し左れば我輩の冀望は事の未だ大ならざるに先んじて手輕に之を治せんと欲するのみ腫物に刀を施すは一時の痛みなれども其痛みを恐れ坐して膿壊の大事を待つは〓醫の爲ざる所なり今日の塲合に至りては一刀切解して兩國年來の感〓を除き以て他日の〓根を斷んこと國醫たる當局者の爲めに勸告する所なり