「ナイアガラ瀑布制馭の大計畫(前號の續)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「ナイアガラ瀑布制馭の大計畫(前號の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

隧道

隧道は形、鐵蹄の如くさ二十一呎にして最廣の幅十八呎十吋、底の幅は之よりも凡そ四呎ほど狹し其全長は石灰質の岩及びシエール(脆き岩の名)の中を或はダイナマイトにて破裂し又は器械もて掘りたるものにして浚ひ出せし岩の片々は河岸に添ふて積み敷きたるに二十エーカーの價よき地所を造るに足りたり地下二百呎の所に在る此岩石中の河壁は特に水の摩損に耐へしむるやうに製したる所の煉化石を以て四重より六重に至るまで之を圍みたり

隧道の出口は上より見れば普通のKき穴の如くなれども是は古來最も堅牢なる石工の一にして河の水面以下四十呎に達する砂石の巖に坐し此巖は凡そ鋼鐵、石及び洋灰を以て築造して得られるだけの強さを得たるものなり此處を斯くまで強硬ならしむる譯は是より多年の間、外は瀧より落來る溪流の沸騰するが如き早Pに堪へざる可らず内は隧道の勾配、出際に近寄りて峻しくなるを以て推來る水の摩損に抗せざる可らざればなり

隧道出口の圖

彼の掘割の岸に群起す可き輪機運轉處とナイアガラ瀑布市の市中へ通ずる重もなる鐵道線路との間に鐵道の布設せらる可し前既に陳べたるが如く小輪坑中の一に於ては既に推力の發生せられて首尾よく實際の用を爲し居れりと雖も此大計畫中の電氣に關したる部分の果して功を奏す可きや如何は多分、本年六月に至らざれば知り難し

此度の發力所設立に就き電氣の事は其他の部門のことよりも多く人の語る所となりしが余の之に就て未だ一言の説明を爲さゞりしは抑も電機は少しも力の發生に預り知る所なく其職分は重もに力を他の市府へ分配するに在ればなり

電氣の發生法

前記大輪坑の底に在る各臥輪水車の軸は其上に在る發力家屋の床を貫き五千萬馬力を電氣に變形し能ふ所の發電機の廻轉部を運轉しこの變形しられたる電氣は容易く數哩の先きへ送達しられ得可く扨先方に達すれば更に之を變形して元の力と爲さしむるを得可し

今この電氣送達の方法を喩へて云へば郵便にて金錢を送る時に銀貨は手紙の中に封入し得可らずと雖も先づ之を郵便爲替に變形し先方に達すれば之を元の形に直して銀貨たらしむるを得るが如し

シカゴ萬博博覽會に行きて市内電氣鐵道發力家屋の中に在る二千百馬力の發電機を觀し者は是ぞ古來最強のものなりと語られしなる可し當時は實に其言の如くなりしが近々ナイアガラ瀑布の近傍に於て旋轉せんとする數多の發電機中の唯一箇の仕事を擧るにも右の發電機二臺にては事足らざるなし

先づ當分は是等の發電機の中の唯三臺のみを置く積りなるが電氣の需要揩キに隨て其數は次第に揄チす可し各發電機は夫れ夫れ己の水門、水管、水輪及び軸ありて實際は相離れて五千馬力の電氣を發生す可き獨立の發力機關を成せり長距離は然らずとするも兔に角に短き間は地中の人の體を屈せずして歩行し得らるゝ程の大さなる下道を築き之を通して送電用の〓を架設することなり然れども尚ほ遠き所へ電流を送らんとする時には多分、電氣市街車の給電線の如く柱に依て送らる可し

電氣下道の圖

送電〓の架せらる可き支柱は下道の左右兩壁に在り目下この大輪坑の中には四箇の臥輪水車を入る可き容積あるが故に二萬馬力は發生せらる可し此力が利用しらるゝや否や次第次第に更に輪坑を廣げて終には五萬馬力を生ずるに足る點までに達せしむ可く其時に至れば彼の水拔きの隧道は其容積の半を塞ぐ可し扨これを塞ぎて殘りたる容積の半は此大輪坑の外なる數箇の小輪坑より排出する水を以て充す可し會社は現存の隧道と等しき大さなる隧道と之に附きたる輪坑數箇とを新に掘る得き權理を得たり此新工事は其要用の感ぜらるゝと同時に之に着手する筈なり新隧道にして竣工すれば總計二十萬馬力を供給し得べし尚ほ此外に實際は右の會社と同體とも云うふべき會社が專ら電氣發生の爲めナイアガラ瀑布の加奈陀の方なる岸に二箇の輪坑と二條の隧道とを築く可き許可を加奈陀政府に乞ふて之を得たり

是等の輪坑の第一のものと之に屬したる發力家屋とは現在の計畫に據れば鐵蹄瀑布(ナイアガラ瀑布の一部)の峭岸に接して瀧見ステーションの直下なるき岸の下に築く積りにして隧道は輪坑の底より瀧の下手の河、四百呎の先きまで斜に下る筈なり新築加奈陀隧道は各々十二萬五千馬力を生ずるに必要なる所の水を拔出す計算なり故にナイアガラ河兩岸に於て發生す可き力の全量は四十五萬馬力なり

此大工事を完成するには多年を要することなるが其年數の果して幾何なる可きや未だ知る者なし會社は加奈陀側に於て發生す可き力の幾分を千八百九十七年一月前には實にす可しとの責任を帶べり又合衆國側に在る唯今の機關が殆んど其力の全量を利用せしむるに至らざれば加奈陀に於ける工事には着手せざる可しと云へり

電氣に就て重もなる不安心は之を送達する途中に於て〓よりも漏るゝの一點に在り其道中の長ければ長きほど電氣の損失は大にして隨て原費用も亦大なり畢竟送電の問題は多く値の問題に由て定まることなり

電氣をして其原費用を蒸氣力の原費用に等しからしめて幾何の距離の先まで送達し得らる可きや此問題はナイアガラ瀑布の水力を其近傍に於てのみ利用するか但しは處々方々へ分配するかに據て定まるなり近頃電氣をば其原費用をして石炭の原費用に等しからしむるに足る程の損失を被らしめずして遠距離へ送達し得べしを信ぜしむる程の新發明あり(兔に角に發明者は斯くと信じて疑はず)

之を導く〓なくして空氣の高部を通して過ぐる所の電流を發生し能ふ可しとの次第を證明して理學者を驚かせし彼の英才爛漫たる若手の電氣學者ニコラ テスラーはナイアガラ瀑布より電流をば大なる損失を受けしめずして紐育市へ導くこと難からず何れにしても長日月を待たずして如何なる遠方へも之を達せしめ得可きに至る可しと云へり(畢)