「議會の擧動如何」
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時事新報に掲載された「議會の擧動如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
民黨は第六議會の劈頭第一に議會解散の不當を鳴らして政府を責る决心なりと云ふ單に反對の眼を以て眺むれば政府の行爲に咎むべきもの少からずして不平の情に堪へざることならんと雖も議會の擧動とても亦局外者の非難を免れざるもの甚だ多し其是非曲直は姑く擱き此回の議會は解散の後を承けて會期極めて短きにも拘らず經國の要務は目前に堆積するもの山の如く其處决は一日も等閑に付す可らず故に議會にして若しも之に處するの成算を貯へながら其餘裕を以て政府攻撃を試みんとならば一切自由の行動に任じて聊か心配なしと雖も窃に我輩の推測を以てすれば毫も確實なる成算なきのみか對政府の方略に急なるは國務の經營に急なるよりも急にして事の輕重緩急を顧みざるの形迹自から掩ふ可らざるが如し事實果して斯の如しとあれば一般の人民は堪ゆる能はずして却て議會に向て不平を訴ふるに至らざるを得ず元來議員は人民の代表者なれば議政の任に當りて國家の要務を恊賛すると共に人民の利害を謀るに鋭敏ならんことこそ第一の心懸たる可し殊に我國近來の事情を見れば民心一般に實利に傾き隨て實業の進歩非常なれば之に對する政治上の處置にして速决を要するもの一にして足らず議會たるものは何は兎もあれ速に是等の重要問題を處理せざる可らざる筈なるに然るに實際は往往其反對に出で實利上重要の問題は空しく紛爭の爲に排斥せらるるか若くは之を高閣に束ねて曖昧模稜の間に埋沒せしめ開設以來幾回の議會も概ね同樣の經過を繰返すのみにして眞實國利民福に資したる成績とてはなく却て事業の進歩を阻礙したるの跡多きを見る可し例へば電信電話の事業の如き文明社會の要具にして世務人事の頻繁なるに從ひ人人日日の必要いよいよ切なるが故に事業の擴張も之に應じてますます一般の便利を致すべき筈なるに眼前に明白なる必要さへも實にすること能はざるは正に今日の事實にして何人も其粗に驚かざるものはなかる可し獨り電信電話のみならず更に關係の大なるものを擧ぐれば鐵道敷設の事なり航路擴張の事なり孰れも國家百年の大計、人民の利害に直接する計畫なるに區區たる情實に妨げられて議决に至らず成功の期漠然として測る可らずと云ふ凡そ此種の實業問題にして同一の運命に陷りたるものを計ふれば殆んど枚擧に遑あらず誠に堪へ難き次第と云ふ可し斯る有樣にして改めざるときは人民の耐忍力も自から限りありて遂には一般の倚信を失ひ其極反對の政府に同情を表するに至らんも知る可らず盖し議會が徒に法文の爭に汲汲として單に政權の爭奪を事とし漸く人民の厭惡を招くにも拘はらず尚ほ依然として重きを茲に置き更に改心の樣子なきが如きは自から種種の源因もある可しと雖も或は憲法の施行今まさに初歩に屬し政府の責任、議會の權限と共に實際分明を欠くことなれば所謂立憲的の行路を平坦ならしめ然る後着着實地問題に入らんとて扨こそ萬事を抛擲して眞一文字に突進するものか一應理あるに似たれども憲法の運用は代言的の理論を以て一概に解釋す可らず其意義の變通自在なるこそ寧ろ其妙所にして次第に正則に近寄るは歴史的の結果に外ならず泰西諸國の事例に徴しても明白なる所にして強ひて一擧手一投足を以て俄に理想を實にせんとするときは偶偶以て平地に波瀾を揚ぐ可きのみ要するに漸を以てす可く急を以てす可らざる次第は論者も少しく心を冷にしたらば窃に頷く所なる可し之に反し國家年年の實利實務に至ては目前に差迫る事共にして勵精急を以てす可きも優悠漸を以て安んず可らず其急にす可きを漸にし其漸にす可きを急にし恰も前後緩急を紊るが如きは即ち從來に於ける我議會の特色にして我輩の感服せざる所は實に此邊に在るのみ豈敢て絶對的に憲法論を非とせんや急を急とし漸を漸とすれば足れり今試に議會の成績に就て如何なる實利を國家人民に與へたるやと吟味せば我輩の言ふ所毫も誣ずして人民の不平も亦無理ならざるを知るに足る可し或は目を瞑して一切の事情を顧みず經費の節■（にすい＋「咸」）、冗員の淘汰又は積年の政弊を矯正したるが如きを以て國會開設の結果なりとするも國家の長計大策に照して考ふるときは都て是れ消極的の働のみ俗に云ふ食延しの儉約策のみ封建時代に流行したる御儉約の政策は移して以て文明の國家を維持するに足らざるなり知らず第六議會も亦尚ほ其責任を等閑にして紛爭軋轢に日を曠ふするや否や我輩は天下の良民と共に其擧動に注目するものなり