「彼れ果して何を爲さんとするか」
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時事新報に掲載された「彼れ果して何を爲さんとするか」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
彼れ果して何を爲さんとするか
支那政府は東學黨鎭壓の爲めと稱して自から兵を朝鮮に出しながら日本の出兵を聞て遽に狼狽し他に向て兵を撤去す可しなど我儘勝手の要求を試みて意の如くならざるより何か竊に决する所あるものの如く頻りに非常の用意を爲し更に水陸の兵員を増發して朝鮮に向はしめたりと云ふ其目的は何れに在るや知る可らずと雖も或は其兵力を後楯と爲し大に聲威を張りて更に要求する所あるが爲めにてもあらんか支那人固有の手段とは云ひながら我輩は其擧動の淺墓なるに驚かざるを得ず抑も我國の出兵は朝鮮の内亂に付き人民保護の爲めに外ならずして亂、平げば直に引揚ぐること勿論なれども彼國の有樣を見るに殆んど無政府同樣の次第にして内政の不行屆なるは申す迄もなく之が爲めに我日本人民の損害を蒙りたること幾許なるや知る可らず即ち彼の明治十五年の變亂と云ひ十七年の事件と云ひ何れも彼國の内亂に外ならざれども其餘波を我人民に及ぼして財産生命さへも失ひたるもの少なからず今回の内亂とても若しも他國の出兵なかりせば如何なる危險も計る可らざる次第にして彼の政府の有樣にして永く今日の如くなるに於ては不安心この上もある可らず斯くては我居留人民の財産生命の不安全は勿論、日本國の利害より見るも决して等閑に付するを得ず即ち彼をして自から其内政を始末し苟めにも他國人に危險の虞なきを保證せしむること是非とも必要の處置なれども朝鮮政府の無力なる自力を以て其始末を爲すは到底覺束なき所なれば東洋の先進にして且つ隣國の友誼ある我日本人たるものは飽までも力を假して其事を助けざる可らず而して彼の内政の改良其緒に就ていよいよ危險の虞を去り安全の保證を得るに至るまでは日本兵の駐在も自から必要にして决して一兵をも■(にすい+「咸」)ず可きに非ず即ち人民保護の目的を實にするものにして正當防禦の處置にこそあれば何人と雖も之に對して異議を挾むことを得べからず若し萬一にも云云するものあらば是れぞ正しく我が正當の目的を妨げんとするものなれば决して寸歩も假す可らず直に日本國の利害を犯すものと認めて斷然の處置に出ること正當防禦に止むを得ざるの手段なる可し然るに彼の支那政府は如何なる理由にや我に對して漫に撤兵の要求を試みたるのみならず更に兵員を増發して何か爲す所あらんとするものの如しと云ふ彼れ果して何を爲さんとするか假令ひ其兵力を以て外を脅嚇し以て其求むる所を得んとするも誰れか斯くの如き我儘勝手なる擧動を許すものあらんや事の成行自から知る可きのみ彼國人等は果して他の决心動す可らざるものあるを知るや否や聞く所に據れば彼國にて專ら今回の事に任ずるものは彼の李鴻章にして李は支那の老輩中にて最も他國の事情に明なるものなりと云ふ果して然らば斯る無謀の擧に出でて其結果の自國に利なるや不利なるやは自から判斷して自から知るに難からざることならんなれば此際に當りては大に注意して無益の事を謹しむこそ自家の得策なる可きに更に其邊の氣色もなきのみか狼狽の餘り大に兵を増發して例の脅嚇手段に出でんとするを見れば彼も亦實際は自尊自大、他を知らざる頑陋輩と一般の老物にして漫に虚勢を以て他を壓せんとして却て自から老後の恥辱を取ることを悟らざるものなるか或は自から其得策に非ざるを悟ると雖も一方には平素より内外人に向て朝鮮の所屬云云を公言したる手前もあり又一方には若しも此際に手を引くこともあらば堂々たる大清中華の勢を以て他の威風に畏縮したりとの非難を免れずして或は自家の地位を動かさるるの掛念もあるが故に萬萬不利とは知りながらも止むを得ずして斯る擧動に出でたるものなるやも知る可らず其事情は何れにしても結果の責任は李の一身に歸するの外なかる可し我輩は彼の老伯の心事を推測して轉た憫憐の情に堪へざるなり