「在韓軍人の糧食に就き」
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時事新報に掲載された「在韓軍人の糧食に就き」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
在韓軍人の糧食に就き
在韓の我軍隊は今や夜營の裡に起臥して彼の風土の違和なる時候の炎熱なるにも拘はらず一身恰も忠勇の凝結せるが如く病魔も之を窺ふこと能はずして威風凜々健在好在なりとは本國に殘れる吾々人々の且つ喜び且つ誇る所なれども優柔不斷緩慢牛の如き老朽國の淸廷にては徒に虚喝を聲言するのみ牙山屯在の兵卒は何の爲めに屯在して何事を爲すやと腎れば曾て斷乎たる處理に及ばずして唯地方の民財を掠奪するのみ韓民の爲めに謀れば東學の賊徒を逐はんとして第二の賊に遭ひ却って禍を重ねたるものなりと云ふ我日本に於ては固より淸國と交戰を求むるにあらず期する所は朝鮮の獨立を擔保し其文明繁昌を助るに在ることなれば眼中更に他を顧みずして速かに豫定の方針に進行す可く我政府にても蓋し進行しつゝあることならんと雖も彼れ淸廷は之に向て故障を容るゝが如く容れざるが如く妨害を加ふるが如く加へざるが如く卑劣曖昧の閒に多少の煩累を與へて爲めに意外の手閒を潰すの觀なきにあらず右に就ての處分法は亦別問題として暫く擱き斯くて荏苒日を送るときは我將卒とても其身鐵石にあらず時節柄と云ひ或は病患の襲ふ所となるか否らざるも幾分か身體の健康を損じイヨイヨ事の起るに際して平生の體力を減ずるが如きことあらば遺憾實に此上ある可らず聞く戰爭の際には精氣の一層張詰むるが故にや病患等は至て稀なれども戰爭後又は退陣中に於て却て平和の敵に惱まさるゝの常なりと云ふ彼是思ひ合すれば我軍人の健康こそ最も氣遣はしき限りにして本國に殘れる吾々人々の寤寐に念頭を離れざる所なり左れば今日の政策上兵略上速に韓廷に對して諸般の相談を遂げ我豫定の目的を貫く可きは急の急なるものなれども其政策の問題を離れて別に我軍人の健康を保たんとするに糧食を撰むの一事は差向きの要用なる可し現に糧食として如何なる物を給せらるゝや其規律の整然たるは我輩の知る所なれども何分に懸軍萬里不自由の事のみにして之を平時に比すれば萬般の手當自から粗惡を免れざる可し淸兵なればこそ到る處の民家を荒して勝手次第に飮食を貪り悠々日を消して平氣なる可けれども我兵の嚴肅にして節度正しき隊より給せらるゝの外は一物も取らず又その邊に關しては一言を言はず出師の初より唯一死を決するのみ壯烈義烈宇内に冠絶する日本男兒が口腹の欲の如き思ひも寄らざる所なれども人身の生理は爭ふ可らず萬に一も榮養の十分ならざるが爲めに病を釀して體力を損することもあらば之を如何にして忍ぶ可きや畢竟その糧食の精粗如何は金の一事にこそある可ければ當局に於ても此回の出陣に就ては特別の詮議を以て經濟の許す限り飮食物を精撰せんこと我輩の呉々も祈る所なり又近來は各地の有志より獻金して軍用の一助に供せんとて出願する者も少なからざる趣なれば此等の金を以て糧食費を補ひたらば出願人も定めて本意を得ることならん國民全般の誠意以て大に軍人の勞を慰するが如きは他日の議に殘し目下の急は日常の飮食品に注意して苟も精力を損せしむることなきの一事に在るのみ我輩は國家の爲めに財を愛しまざる者なり