「平和を破る者は支那政府なり」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「平和を破る者は支那政府なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

平和を破る者は支那政府なり

今回の朝鮮事件に付き英露等の諸外國は最初より日淸兩政府の閒に周旋して種々に平和の勸告を試みたるよし畢竟國交際上の好意に出でたるものにして去る二十九日の紙上に掲げたる獨逸、露國、佛國及び伊太利の四國は英國の發意に從ひ日淸閒の戰爭を豫防せんとする英國の盡力を補助す可き旨を其公使に訓令したり云々の倫敦電信の如き文意明了ならざれども何れ日淸閒に仲裁を試みて戰爭に至るを防がんとするの意味なる可し果して斯る事實のありたるや否やは知らざれども若しも之ありとせば今日の場合に及んでは我政府は其好意を謝すると共に何分にも其仲裁には應じ難き旨を答へたることならんと我輩の敢て信ずる所なり抑も今回の事に付き日本は最初より平和を旨として毫も他意あることなし本來朝鮮の改革を促すの一事は日韓兩國閒の交渉にして敢て他國に關係あるに非ず日本一國にて之に任ずるも實際に差支なき所なれども斯くては事態妙ならざればとて特に隣國の友誼を重んじて協同の事を支那政府に申込みたるに彼は如何なる存意にや我申込を拒絶したるより止むを得ずして獨力を以て朝鮮政府に勸告し其改革を促したる次第なり然るに彼は我が協同の申込を拒絶したるにも拘はらず外國政府に泣付て頻りに仲裁の事を依賴し或は條件を付して朝鮮の改革に同意す可しとの口氣を現はしたることもありと云ふ前にも述べたる如く日本政府は最初より獨力を以て事に當らんとしたるに非ず彼と事を共にするは素より望む所なれば彼にして果して前非を悛めて共に朝鮮の改革に從事せんとならば決し之を拒むものに非ずと雖も既に朝鮮政府に對して要求の個條を申出したる以上は今更ら支那と事を共にする一段に立至りても其要求は日本國の體面に於て斷じて取消すを得ず左れば以前の成行は其儘として今後の始末に就て彼我の協議を要するの外に事を共にするの道はある可らずして思ふに我政府の決意も定めて此邊に在りしことならんなれども彼が或は我に用意す可しとの口氣を現はしたるは果して眞實の意に出でたるものか或は何か爲めにする所ありて唱へたるものか我政府は飽くまでも平和を旨として彼の口氣に耳を傾けたるにも拘はらず遂に其事實の實際に現はれざりしを見れば眞實の意に出でたるものに非ざるは自から明白なるが如し右は今日までの成行にして彼にして果して平和を欲するの心あるにては彼我の閒に協同を見るの機會は乏しからざりしに兔角辭を曖昧にして同意するが如くせざるが如く遂に斯る機會を空ふしたるは實際には何か爲めにする所あるが爲めなりと認めざるを得ざるのみならず既に今日と爲りては假令ひ彼が從來の擧動を謝して協同の事を求め來るも我に於ては最早彼と協同するの必要なしと云ふ其次第は外ならず今や朝鮮政府は非常の奮發を以て自から體面を一新し諸般の改革の如きも遂に着手するに決したるよしなれば我政府の要求の如き我より之を促さゞるも自然に行はるゝことにして力を以て強行せしむるの必要はある可らず況んや支那政府と協同して事を行はんとするが如き斷じて其必要を認めざることなれば改革の一事は朝鮮自主の權力に一任して他より關係せざるこそ事の當を得たるものなる可し左れば朝鮮の改革に就ては日支兩國の閒に協同云々の必要を見ざるは勿論なれども左るにても我輩の未だ不審に堪へざるは彼の支那政府の擧動なり一方に於ては手を換へ品を換へ外國にまでも依賴して種々樣々の事を申込み以て平和の體面を裝ひながら一方には頻りに大兵を用意して朝鮮に向はしめんとするの形迹あるは果して何なる目的なるや我輩の觀察を以てすれば彼の政府が此際に及んでも尚ほ種々樣々の事を申出して只管時日の遷延を勉むるは其閒に戰爭の準備を整へんとするものに外ならずして彼の敵意は既に充分なりと認むる其證據は現に牙山の近海に於ては彼の軍艦が日本の軍艦に向て發砲したるの事實あり又確かなる筋の報告に據れば一萬二千の淸兵は陸路より朝鮮に發向し昨今は既に國境を越へて義州邊に到着したる日取なりと云ふ彼れと云ひ是れと云ひ其事實既に確實なる以上は假令ひ彼の政府の筋より如何なる事を申込み或は其出兵は全く觀兵の爲めにして戰意あるに非ずなど辨解するも日本國は飽くまでも彼に敵對の意あるものとして之に對せざるを得ず左れば諸外國の人々が好意を以て兩國の平和に盡力せんとするも支那政府の擧動にして既に斯くの如くなる上は最早や平和の望みはある可らず其好意は幾重にも謝する所なれども今日と爲りては致方なき次第なれば斷然これを謝絶するの外なかる可し或は支那が實際には既に戰爭の實を演じながら朝鮮の出兵は一種の觀兵式にして直接に日本に對して事を開かんとするに非ずなど云々するも今や朝鮮政府も自から確立の實を表して其保護を日本に依賴したることなれば若しも朝鮮の地に謂はれもなく大兵を出すが如きこともあらば其口實は如何にしても實際は其獨立を危ふするの目的を抱くものと認め用捨なく日本の兵力を以て之を打退く可きのみ日支兩國の閒にいよいよ宣戰の實を見るは支那が朝鮮の國境内に入込みたる其瞬閒に在りと知る可し