「臨時總選擧」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「臨時總選擧」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臨時總選擧

本月一日を以て擧行したる衆議院議員臨時總選擧の結果はたひたひ紙上に記載する所の如し從來議員の選擧は各地方ともに隨分騒々しきことにして時としては血を流すの騒動さへ免れざる程の始末なるに今回は打て變て平穩無事、局外の人々は何時の間に選擧ありしやと殆んど知らざる中に事を終りたるこそ異例なれ是れは今更ら云ふまでもなく目下日清の戰爭は國家の運命に關する大事件にして國民一般に此一事に心を傾け内政上の小利害の如き是を爭ふの暇なきが爲めに外ならず即ち日本人民は敢て選擧の事を忘れたるに非ず否な其事の大切なるは飽までも心に記して等閑に付せずと雖も今日の塲合に際し漫に政論を喋々して競爭を逞ふするは國家の利に非ざるが故に特に其擧動を慎みて穩に事を終りたるのみ自から是れ日本人民の美徳にして世界に誇るに足る可し彼の支那人などの夢にも思ひ到らざる所にして畢竟今回の戰爭に就て我に頼む所のものあるは軍隊の熟練、兵器の精鋭等、敵に比して種々の長所ある其中にも國民一般心を決し方向を共にして外に對するの一事こそ最も頼母しき所にして不言の間に敵の氣を奪ひ味方の心を強ふするに足るものなれば苟も國民の決心にして終始渝らざるに於ては彼を壓倒して全局の勝利を収めんこと我輩の敢て確信する所なり扨選擧も目出度く終りたるに付ては何れ其内に議會招集の發令もあることならん思ふに今回當撰の議員は何黨何派など多くは政黨に關係ある人々にして平生の主義意見は現政府の政略に全く反對して之が爲めに前回の解散をも招きたる程の次第なれば若しも平日の塲合ならんには開會と同時に例の如く種々の難題を持出して政府と爭ひ責任内閣政費節減云々を始めとして或は條約改正の手續などに就ても大に反對を試みることならん從前の行掛として免れ難き所なれども今日は政府と云はず人民と云はず全國協同して唯外に當るの一事あるのみなれば内政の得失の如きは姑く後日に讓りて漫に言論を弄ぶ者なく議會の問題は専ら軍費論に止まることならん過般政府より發したる五千萬圓の公債募集を承諾するは無論、尚ほ此金額にて不足を覺ゆるときは尚ほ重ねて募集の事を議決し隨て其償却の爲めには清酒税の揄チ等新に税源を求るなどの事に忙しきことならん我輩は議員諸氏の愛國心に訴へて其必ず然らんことを信ずる者なり