「大決心いよいよ堅し」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「大決心いよいよ堅し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

叡聖文武なる我天皇陛下には此回御親征の爲め大元帥の御資格を以ていよいよ昨十三日廣嶋の大本營へ御進發あらせ給へり往年戊辰及び西南の役に於ても錦旗の影を并したりしが今度の戰爭は素より彼の内亂の比にあらず世に大國と知られたる支那の無状を懲し大日本帝國の威武光榮を發揚す可き振古未曾有の盛擧にして人心一決將に國の運命を賭して窮極の大目的を貫かんとする其折柄秋風九月凛として爰に大本營を進められ天佑を保有せる天皇陛下の御親征あらせ給ふ御事なれば御威コの光六合八紘に耀きて殊に燦爛たるを覺ふると同時に三軍の忠勇も亦必らず百倍して雷馳電撃堅を破り鋭を挫き直ちに彼の大國を降服せしめんこと決して疑ある可らず臣民たる者唯感謝に次ぐに涕泣を以てするの外なきは勿論ながら我輩が此回の御親征によりて更に大に心を強ふする其次第は抑も日清戰爭の前途に於て常に多少の懸念あらしむるものは外國の仲裁説と國内の平和説と是れなり素より九仞の功一簣に欠く可らず千載の好機を一朝に失ふ可らざるが故に政府に於ても今日の塲合に際しては假令ひ如何なる調停を試るものありとても斷乎として初一念を固持し決して動搖することなかる可きは萬々信を置くと雖も歐洲諸強國の意向を察するときは今後に於ても亦或る時期を見計らひ好意を装ふて云々の談合を申込むこと必ずしも絶無と云ふ可らず我國の之を謝絶す可きは申す迄もなき所なれども斯る煩累を生ぜんは固より好ましからざる次第にして即ち何人も窃に關心する所以のものなるに然るに今や大元帥陛下の御親征とありては戰爭の事態も亦自から新なるを覺えて隨て諸外國の如きも日本の決心牢として遂に抜く可らざるを悟り例の調停談も爲めに大に氣勢を挫くことならん必竟調停なるものは交戦者の意志薄弱なるを認めて乘する者こそ多きの常なれば今度の盛擧たる此點に於て將來に言ふ可らざるの好益あらんを信じて疑はず又國内にても或る社會に至れば一時の騒動の爲め目前に多少の損害苦痛を感するよりして永遠の大事は之を顧るの思慮を亂し往々私情に制せられて内々平和を祈る者もある樣なれば向後何時如何なる邊より此種の談を發せんも測り難く萬一左る事もあらば自ら國民の一致に瑕瑾を生ずる譯にして是亦我輩の懸念に堪へざる所なりしが我天皇陛下には斯國萬歳の大事を大御心に懸けさせ給ひ臣民の最大幸福を攝iせんが爲め宮城を距る三百里廣嶋の地に大旆を進められ萬づの御不自由をも忍ばせ給ひて青衣肝食軍國の務を御覧はせ給ふを恐察し奉るときは吾々臣民たる者夫れ何を以て此洪大無量の天恩に應へ奉る可きや粉骨砕身も敢て甘んず可きは洵に國民の至情にこそあれば彼の一時平和の惡魔に惑はされんとしたる人々とても亦今更に感激して胸中萬斛の塵も拭ふが如く他人の説諭を俟つに及ばず豁然として正しく文明帝國民たるの襟度に復することならん百服の興奮剤にも優るあるものにして彼に是に幾多の好望を得るに付け此〓大元帥陛下の御勇健に在しまさんことを千祈萬〓して止まざるものなり