「陸海の捷報」
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時事新報に掲載された「陸海の捷報」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
陸海の捷報
本月十六日平壌に於て陸軍の大捷と同時に海上に於ても海軍大勝利、敵の北洋艦隊の中にても屈指の堅艦數隻を沈没せしめたる大快報は昨今兩度の號外を以て讀者に報道したる所なり聞く所に據れば彼の艦隊は夥しき援兵糧食を鴨緑江の邊に護送して滞なく送り届けたる其歸途、我艦隊と衝突して斯る大敗北を取りたるものなる可しと云ふ思ふに右の援兵は疑もなく平壌の應援に赴かんとするものにして若しも我陸軍の攻撃、時日を延引したりしならば敵軍は更に勢力を揩オたることならん我軍の精鋭、敵の多寡は敢て意に介するに足らずと雖も兎に角に攻撃に多少の困難を加へたることならんに彼の援兵未だ到着せざるに先ち一戰に平壌を陥れたるは敵軍の遅鈍と我軍の機敏と兩々相比較して以て將來の全局を卜知するに足る可し平壌の一戰未だ大に誇る可らずと雖も我輩は此始末に徴して今後の成行甚だ頼母しきものあるを敢て斷言するものなり扨平壌も全く我手に落たるに就ては日本軍は時を移さず北進して敵の國境に侵入することならん彼の大軍は鴨緑江に到着したるも其海軍は大に敗れて海上の權力既に我に歸したりとすれば彼は孤軍援を失ふたる姿なるのみならず上陸匆々準備の未だ整はざる其中に勝に乘じたる日本精兵の懸軍長驅に遇はゞ到底支ふ可きに非ず我軍が一鞭、鴨緑の流を亂して敵境に入るは甚だ容易なるが如くなれども更に實地に就て考ふれば彼は海軍の援を失ふたりと雖も其屯在の地は正しく自國の版圖内にして天然の要害に據り防守百般の準備に便利なる其反對に我兵は萬里懸軍、糧食の運搬等は非常の困難にして實際進軍の不便一方ならざるが故にいよいよ敵國の境に達して敵軍を追拂ふまでには恐らくは少なからざる時日を要することならん實際に免れざる所にして尚ほ其上に我輩の聊か掛念なるは毎度述べたる如く時日を費す其間には季節漸く冬に入り天寒を催ほすの一事なり彼の支那兵の如き多々ますます恐るゝに足らず又その要害の如きも深く意に介するに足らずと雖も若しも彼の滿州の地方に於て寒氣と名くる天然の敵に遭ふときは假令ひ日本兵の勇を以てするも人為天然の兩敵を打破りて陸地北京までの進軍は如何ある可きや大に考ふ可き所なり或は滿州の寒氣は實際酷烈なるに相違なけれども敢て人間の運動を妨ぐる程のものに非ず冬季の進軍決して困難ならずとの説もなきに非ず果して然らば甚だ妙なれども其邊の事は軍事の當局者に於て疾くに取調べて自から緩急の方略あることならん北地の嚴寒果して我軍の運動を妨るに足らずとせばいよいよ北進して氷雪を踏破り一蹴して北京城を乘取るか又は嚴冬の間に進軍を不利とせば更に方向を轉じ陸海力を合せて冬籠りに便なる或る地方を占領して敵國の海口を封鎖し之を苦しめつゝ來春の快戰を期するか何れにしても其邊の計畫は我當局者に充分の成算あるを疑はざるものなり