「海軍大勝利」
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時事新報に掲載された「海軍大勝利」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
昨日の號外を以て報道したる如く去る十七日海洋嶋附近に於ける海戰の結果は我海軍の大勝利に歸して其勝利の凄じかりしは世界古今の海戰歴史にも多く見ざる所なり抑も日清兩國の兵力を比較して陸軍は其整否利鈍固より同日の談に非ず平壌の大捷の如き豫め期したる所にして敢て驚くに足らざれども海軍に至りては艦體と云ひ〓數と云ひ實際敵に及ばずして我にョむ所は唯將校以下の熟練と勇氣とのみ其熟練と勇氣とを以てすれば彼に如何なる優勢の海軍力あるも決して恐るゝに足らずとは云ふものゝ海戰は自から陸戰に異なり其勝敗は時の運に由ることも多くして如何なる機會に如何なる奇變を見るやも知る可らず誠に掛念に堪へざる次第にして今日に至るまでは誰れ一人として口外したるものこそなけれども心の底の又その底を探るときは海戰の勝敗に關して銘々竊に心を勞したるは萬人一樣にして其心勞は實に尋常ならざりしに今度の勝利は果して如何なる吉報ぞや幾旬以來胸を鎖したる苦勞の雲霧も一朝にして忽ち消散したるこそ愉快なれ愉快壮快その歓びは筆紙に盡す可らず戰塲よりの報道に據りて戰爭の模樣を見るに敵艦は定遠鎭遠以下何れも北洋艦隊中屈指の堅艦にして殆んど彼の精鋭を萃めたる其反對に我艦隊は彼に比すれば劣等のものにして其勢力より云へば敵の半ばにも及ばざる尚ほ其上に彼の乗組員中には外國の士官等も少なからざるよしなりしに其結果彼が如くにして彼の四隻を沈沒せしめ三隻を焼き其他の敵艦にも悉く非常の毀傷を與へながら味方の損害は赤城艦以下三隻にして破損も甚だしからずと云ふ實に異常絶倫の手際にして果して我海軍々人の熟練と勇氣とを證するに足れり敵艦七隻の沈沒焼失は實に彼の北洋艦隊の勢力を挫きたるものにして北洋艦隊の勢力を挫きたるは取りも直さず支那海軍の全力を挫きたるものなり今や渤海灣の權力は全く我手中に歸して天津北京既に指呼の間に在り我軍一躍、正面より進んで最後の目的を達するも當さに遠きに非ざる可し而して其進軍の道を開きたるものは海軍の力にして我輩は國家の爲めに我海軍々人に向て偏に其功勞を謝するものなり外國人の如きは今度の戰爭を如何に見る可きや彼國の新聞紙などは日清の海軍を比較して清優日劣の評論を爲すもの少なからざりしかども實際の結果を見ては日本海軍の技倆は文明の先進國に比して毫も讓る所なく支那の如きは到底その敵に非ざるを悟りたることならん又新式の軍艦機械を用ひて大に海上の戰を戰ひたるは今回の戰爭こそ其始めなれば此一戰に種々の實驗を經て新工風を得たることも少なからずして或は之が爲めに今後世界の海軍に一大變化を見るに至るやも知る可らず是亦我日本海軍の偉功として吾々の竊に誇る所のものなり