「 英國新聞の所説 」
このページについて
時事新報に掲載された「 英國新聞の所説 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
英國新聞の所説
此程の英國新聞紙に今度の戰爭に就て英國の利害と感情と自から相背馳するは誠に遺憾の至りなり單に感情より云ふときは近來英國の漫遊者社會にますます好評を博する日本の勝利を得んことは最も希望する所なれども如何せん印度を保持するは英國の要務にして此目的を逹する爲めには支那の如き頑然動かざる物體を外國として以て露國の侵略を防かざる可らず故に日本の負るは如何にも面白からざれども去りとて日本の大勝利を見るは尚ほ一層面白からず云々の説を爲すものあり(去る十六日の紙上に譯出)甚だ解す可らざるの説と云ふ可し我輩の所見を以てすれば右の説に所謂英國の利害と感情とは全く實際と反對にして支那の勝利を喜ぶの心こそ寧ろ感情に出るものと認めざるを得ず抑も感情とは單に一時の好惡心に外ならざる其反對に數理上より事の得失を判斷するは即ち利害の觀念にして此點より見るときは日清の勝敗は果して如何なる關係ありやと云ふに申す迄もなく日本の勝利こそ數理に訴へて英國の利益なる可し我輩の曾て述べたる如く彼の支那の老大國は人口と云ひ版圖と云ひ日本に十倍するにも拘はらず外國との商賣貿易は我と伯仲の間にして誠に微々たるものなり即ち彼の國力の割合より算すれば貿易の爲めには纔に其國の十分の一を開き殘る十分の九は全く鎖國攘夷の有樣にして世界の交通を斷絶して獨り自から安んずるものに外ならず今の文明の世界に斯る老大國をして永く鎖攘の儘に安んぜしむるは恰も天物を暴殄するものにして世界一般の不利益なりと云ふ可し今回の戰爭に日本は文明の爲めに労して彼の老大國の頑冥を懲らすの目的に外ならざれば我國勝利の曉には彼國人も始めて從來の蒙を啓き世界の表面に開國の實を呈するに至ることならん左れば英國の爲めに謀るも日本の勝利は今後永遠の利益にして利害の上より見て最も喜ぶ可き所なるに若しも彼の新聞紙の説の如くならんには大國の頑陋を今の儘にして其十分一の開國に甘んじ一分の利に戀々して九分の大局を忘れ恰も商賣貿易の發逹を嫌ふ者に異ならず是れぞ正しく一時の感情にして文明國人の中にても老練着實、常に永遠の利害に着目する英人の平生に徴して斯る説ある可しとは我輩の信ぜざる所なり又露國の侵略に對して支那を維持するは英國の要務なり云々の説の如き從來の政略に於ては或は左る意味もありしならんなれども今日の實際に於て彼の老大國は果して東洋の保障と爲すに足るの實力あるや否や既に今回の戰爭に付ても彼の擧動を見れば其一擧一動實に呆れ果たる始末にして保障の實用は扨置き唯是れ東洋の全面に遺棄したる諸強國の好餌食たる可きのみ英國人に於ても彼の頼むに足らざるを悟りしは敢て今度の戰爭を待たず既に巳に其方寸に决する所あるは疑もなき事實にして英清同盟云々の如き今日と爲りては最早や過去の夢たるにも拘はらず一二の新聞紙が一時の感情の爲めに斯る説を爲したればとて决して彼國の輿論として認む可きものに非ず思ふに其新聞紙の如きも遠からずして自から所見の正しからざるを悟り其筆鋒を變ずるに至らんこと我輩の敢て疑はざる所なり