「有志の壮丁を使用す可し」
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時事新報に掲載された「有志の壮丁を使用す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
有志の壮丁を使用す可し
日本は四〓環海の國にして今回の如き開戰の塲合には如何なる邊より敵艦の來襲を受くるやも知る可らず海岸の防〓は固より嚴重にして掛念するに足らざるが如くなれども一旦火急の變に際して自から老若婦人及び財産を保護するは人民各自の義務なる可しとて我輩は先頃の紙上に護郷義勇團を組織するの必要を論じたりしかども爾來戰爭の局面は次第に變化を呈し黄海々戰の大勝利以來海上の權力全く我掌中に歸して敵の軍艦は最早や直隷海岸を出づること能はざるの有樣となりたるに就ては海岸の固めは未だ忽にす可らずと雖も護郷團體の如きは既に其必要なきに似たり今回の事件に付き全國の人心は非常に激勵し婦人小兒に至るまでも盛に敵愾の心を起して外に向ふの折柄、此人心を利用して國家の用に供するは目下の得策なる可しとして義勇兵の團結に關しては既に詔勅の旨もありて今更ら談ず可きに非ずと雖も我輩の所見を以てすれば從軍の一事を外にして兵役外の壮丁を外に使用するの塲所は自から多々なるが如し例へば朝鮮内地の有樣に就て見るも電信線保護の必要あり糧食器械運搬の困難あり土民蜂起の危難あり電信の如き我軍のますます北進するに隨ひ其線路はますます延長して從來の如く動もすれば切斷せらるゝの患を防がんとするには其保護はますます多人數を要せざるを得ず糧食等運搬の困難は道路の開けざると人夫馬匹等の不足なるが爲めならんなれども畢竟土民を使用するには自から監督の人數を要するが故に目下の塲合自から其邊の事に手廻り兼て看す看す不便を忍ぶの事情もある可し又この頃東學黨と稱したる土民の騒動の如きも亦我警備の足らざるに乗ぜられたるの疑もなきに非ず左れば今國中の壮丁にして志あるものを募り半兵隊半巡査の如きものを組織して是等の任務に當らしむるときは全く後顧の患を除き我軍隊をして其全力を前進に盡さしむるの利益あるは決して疑を容れず而して此事たる單に朝鮮の内地に止まらず今後日本軍がますます前進して支那の國境内に深入するに隨ひますます人を使用するの必要を感ずるは勿論、或は彼の土地を占領して政令と布くの塲合にも至れば是非とも警察巡邏等の組織なきを得ず戰時の事なれば兵隊をして其任に當らしむること適當の順序なるに似たれども廣大なる區域の間に政令を實行し其人民を監督するは非常の手數にして一方には敵と戰ふの大任を有する兵隊をして之に當らしむるときは實際に其力を分つの掛念もあり到底行はる可きに非ざれば有志の壮丁を以て兵隊とも付かず巡査とも付かざる一種の團體を組織し進軍戰闘の塲合には電信線の保護、糧食等の運搬、人夫の監督等専ら後方の勤務に從事せしめ敵地を占領して政令を布くの塲合には警察巡邏の任務を盡さしむるときは一擧兩得にして其便利は非常のものなる可し或は其名義は如何にしても平生より訓練の素なくして紀律に乏しき壮丁輩を軍陣の間に使用するときは之が爲めに軍紀を妨ぐ可しとの掛念もあらんなれども方正謹直は日本人の特性にして殊に外戰の際などに當りて自から恣にするものはある可らず且つ之を採用するには豫め體格品行等を檢査すること素より必要にして其組織を嚴重にし相當の人物をして之を率ゐしむるときは決して斯る掛念はなきのみか却て彼の無識なる人夫輩の擧動を監督して寧ろ紀律を保つの效能こそある可し我輩は外戰の實際に有志の壮丁を使用して諸種の勤務を盡さしむるの利益あるを疑はざるものなり