「朝鮮改革と井上伯」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「朝鮮改革と井上伯」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮改革と井上伯

朝鮮の改革に就ては我日本こそ保姆たり師範たる可き地位に在るが故に世話をなすの煩勞は敢へて辭せざる所なれども世話の過ぎたるは即ち干渉と認めらるゝを免れずして其干渉は諸外國の最も忌む所なるが如し是れ從來の當局者が彼の改革を助くるに當り特に苦慮したる所にして自から間接に運動の自由を掣肘せられ隨て事の運びも活溌を欠きたる所以ならん尋常普通の塲合には左ることながら朝鮮の國情は決して尋常普通ならざるを如何せん白耳義の如き瑞西の如き將た土耳古の如き近隣諸〓國の侵掠妨害を受けざるときは其國自から國務を料理して獨立國の體面を全ふするを得ることなれば他より殊更に其内政に干渉す可き必要もなし此邊より推定して諸外國にては朝鮮の改革とても其國民の爲す所に一任す可し日本の世話に過ぐるは干渉なり抔との誤解を來すもあらんなれども斯る放任主義は白耳義その他の歐洲中立國に向て始めて効を見る可し朝鮮に至ては決して之を學ぶこと能はざるなり東學黨などゝ云へる百姓一揆の類にてすら朝鮮政府を震動せしむるの有樣にして是皆内部の支離滅裂せるが故に外ならず蓋し其由來に遡れば我輩の屡々述べたる如く畢竟文明に進むの要素に乏しき其上に多年の積弊を累ねたる結果にして之を改革せんとすれば勢ひ干渉をなさゞる可らす現に彼國改革の途に横はれる大困難の隨一たる支那の羈絆は既に日本の力によりて之を除きたりと雖も爾後改革はますます困難にして若し此儘に差擱くときは朋黨互に軋轢して互に相殘害し空しく衰滅を俟つの外なし放任主義によりて改革を成就せしむる能はざるは證左歴々また疑を容る可きにあらず之を以て歐洲間の小中立國と同一視するは全く諸外國の誤見にこそあれば若しも諸外國をして今日の日本の地位に立たしむれば必ずや放任主義の行ふ可らざるを感することならん

今や井上伯は大島公使に代りて全權公使となり既に渡韓の途に上れり若しも諸外國が干渉を忌むの一事に遠慮することもあらば朝鮮改革の事は到底その効を見ること能はざる可し想ふに伯の技倆を以て既に一旦渡韓と決したる上は必ずや大に見る所あらん伯が全權公使となりたる所以は運動上の便宜を計りたるが爲めなりと云ふ快刀亂麻を斷つは伯が特得の長技なれば一方には諸外國の迷想を破り一方には朝鮮の紛亂を解き人をして爽快ならしむるものあらんこと余輩の希望する所なり