「黄海戰評」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「黄海戰評」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

黄海戰評

黄海々戰の報〓を聞くに日本人は歴史上の教訓に就て利する所多きが如し吾々は今その戰爭の經驗に由て利せざる可からず昨日芝〓及び〓〓より落手したる報告を〓〓するに頗る了解したる所もあれども又了解せざる所もなきに非ず此戰〓る海軍に於ける新式採用以來第一着の海戰にして世人の特に關心注目するものなるが故に其眞相を〓らずして正確の評論を下すこと肝要なる可し例へば航海術上の語法に於て支那の艦隊は幾隻の戰闘艦を以て組織し之に反して日本は巡洋艦を戰列に列せしめたりと云へば或は巡洋艦を以て正しく戰闘艦の代用を爲し能ふものゝ如くに信ずるものもあらんなれども此塲合に於ては所謂戰闘艦とは如何なるものか所謂巡洋艦とは如何なるものなるかを〓定すること必要にして實際に兩國軍艦の區別を吟味するときは其推論の甚だ無稽なることを發見す可し抑も支那艦は其大砲と艦隊との保護の爲めに頂上より鐡〓するを以て戰闘艦の名を博し日本艦は其二三を除く外、鋼鐡の斜板を以て〓い且つ其大砲は鋼鐡の楯を以て保護するが故に巡洋艦と稱することなれども更に一歩を〓めて之を比較するときは日本艦の勢力は支那艦に比して非常に大なるは明白にして且つ日本人は其目的に相應したる軍艦を採用することに就て優に自から知る明あると云わざるを得ず例へば歐洲諸國の海軍に於ても其巡洋艦中には戰闘艦に抗敵す可きもの少なからず現に英佛兩國海軍力の比較に於て其〓論區々なる中に或る批〓家の如きは佛國の所謂海防艦は他の戰闘艦と同樣、充分戰列に列する勢力あることを斷言したり若しも今後の海戰の結果としてロルドブラツセーの海軍年報に於て公にしたる如き軍艦表を一變せしむるにも至らんには世間從來の〓解を防ぐに於て一大効能あること疑う可からずブレンヒーム號乗組の海軍士官にしてバルフルア號と力を角するに當り單に我は巡洋艦にして彼は所謂一等戰闘艦なりとの理由を以て遲疑するものあらば世人は果して之を何と評す可きや

今回の海戰に就て吾々の最も知らんと欲する要點は戰術、戰略、双方の船艦の種類、兵器の性質、運轉力、大砲及び衝突器の用法にして水雷艇の効能の如きも亦恐らくはその中に數ふ可きものなり戰術の一段に至りては支那人は全く海軍々人の〓奉す可き法則に〓背したり支那人の失策は第一に其位置を〓りたるに在りて全體の失敗は總て其第一の〓りより來りしものなり如何となれば假令ひ其軍人は剛勇にして器械の取扱に熟練なるも敵にして同一の〓失を犯すに非ざれば到底その位置を回復する望なければなり之に反して日本人の戰術は着々技術に於ける先〓者の教訓を利用したるものにて爲めに機を投じ先を制するに於て其全力を盡すことを得たり「揃へ、集まれ、敵の艦隊を汝の目的と爲せ、撃て撃て撃て」とは海戰の第一主義にして日本人は實に此主義を嚴守したるものなり或は英國人の中にも未だ此意味を會得せずして現に此際に當り支那艦隊の〓中を欠きたる理由として支那は自國の海岸線を護ると同時に日本が朝鮮に兵隊を〓〓するを防ぐるに足る可き軍隊を有せざることを云々するものなきに非ざれども苟も一考を費すときは若しも支那が其海軍力を集めて日本の艦隊を攻撃する方略を取りたらんには充分に敵の〓兵を妨げたるのみならず更に自國の海岸を保護する〓力を〓めたるは何人も疑わざる所なる可し彼の日本が其兵隊を朝鮮に〓り又其海軍が敵艦の海に出づるや否や直に之を攻撃するに自由なりしは畢竟支那艦隊が其力を一にせずして且つ敵の來襲を待つゝ港内に蟄伏したるが爲めに外ならず今日と爲りては支那は必ず自國の軍港を後にして其艦隊を〓方に派〓せざりしを喜びたることならんなれども此事實たる單に英國海軍々人の常に口にする我艦隊は敵の海岸に於て戰わざる可からざるが故に其海岸を距ること〓からざる塲所に損害を修覆するに足る可き軍港を備へざる可からずとの教訓の一端を實にしたるに〓ぎざるのみ又此海戰に就て參考す可きものは所謂癈艦は大に金を費やさずして其修覆を容易ならしむ可しとの教訓なり若しも日支兩國の中その一方が第二の艦隊を有するときは其孰れが戰勝者たる可きやは疑問の外なれども〓に双方共に第二艦隊の準備なしとすれば他に先んじて戰闘力を回復するものは戰爭の〓利を〓むる地位を占めざるを得ず只その損害の實際に就て何人も未だ詳細の報知を得ざる今日に於ては孰れが最後の戰勝者たるやを斷言するに難きのみ支那は直に自國の船〓に於て軍艦を修覆する便利を有すること勿論なれども聞く所に據れば日本は多分仁川又は大同江に於て艦内に在る技師をして修繕に取掛らしむ可しと云う果して然らば今日は支那の水雷艇が當に其技倆を顕はす可き時機に非ずや(以下次號)