「軍國の急務」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「軍國の急務」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

軍國の急務

今日の塲合に軍國の急務を云々するときは或は言わずもがなの議論と〓了するものもあらんかなれどもけ〓して然らず我輩は其事のますます急にして一日も等閑に付す可からざるを見るものなり目下征〓の軍隊は〓戰〓勝向う所前なく敵は殆んど戰闘力を失いたると同樣の有樣なれば何れ〓からずして自から屈服することならん若しも屈せずして日一日を躊躇するときは我軍はますます〓んで彼の四百餘州を蹂躙し自から爲す可き所を爲して止まんのみ恰も一擧手一投足の勞にして其局を〓むるは何れにしても容易なりと雖も更に一方を顧みるときは今度の戰爭の結果は日本國をして世界諸強國の列に就かしめ隨て其競爭の渦中に投ぜしめたるものにして我名譽の高きと共に其負擔もますます大ならざるを得ず支那の老大國が腐敗の極點に〓して早晩〓滅を免れざるは今更の事に非ずして識者の疾に認めたる所なれども今回の始末を見れば餘りに豫想外にして只呆るゝ外なし歐洲諸國の中には年來東洋に意を注で機會の到來を窺うものなきに非ず目下の如き塲合に際しては何とか口實を設けて事に干渉し自家の利益を〓むる擧動に出づ可きこと當然の成行なるに今日に至るまで諸國共に恰も袖手傍觀して容易に手を出さざるは如何なる次第なるや寧ろ怪しむ可きに似たれども本來彼の諸國中には東洋の事に付き互に利害を殊にして其關係最も微妙のものあり若しも一國が先んじて手を出すときは忽ち〓聞の衝突を來して世界の全體に容易ならざる波瀾を引〓す掛念あるが故に姑く〓豫して時勢を觀望するのみ其内心は火の如くにして〓に表面の發熱を抑えつゝあることなれば若しも支那がいよいよ支ゆること能わずして自から破滅を招き四分五裂の有樣を呈する塲合となれば〓して坐〓するものに非ず好機乗ず可しとて銘々に自國の利害を主張し結局諸強國の一大競爭を見るに至るやも知る可からず我征〓の目的は只彼の無禮を懲らし〓來を戒むるが爲めにして其國土の分割の如き敢て期する所に非ざれども事〓に至ては正當防禦の爲めに國權維持の爲めに止むを得ず其競爭の渦中に投じて大に爲す所なきを得ず即ち其敵たり味方たるに拘わらず對手は歐洲の強國にして支那朝鮮の如き〓國の比に非ざれば苟も其間に立て我面目利益を全うせんとするには少なくも彼の諸國の權衡を變化せしむるに足る力を備えざる可からず軍國の急務いよいよ切迫したりと云う可し或は支那が〓に其非を悔いて〓に降伏の實を表し戰爭の局を結ぶにも至らんには彼の老大國も一寸生延たる姿にして諸強國も手を出す機會を得ず此處姑く安心なるに似たれども左なきだに腐敗老朽の極點に〓して早晩自滅を免れざる其處に今回日本軍の一打撃は彼の政府の基礎を震動せしめて自滅の機会を促したること疑なければ親愛覺羅氏の〓命は恰も風前の燈と一般、今後數年を出でずして危うかる可し明白なる成行にして事の端は内より發するか外より來るか豫め知る可からずと雖も國土の分割は到底免れざるものとして扨その曉に至れば日本は假令へ主動者の地位にあらずとするも自國の利害より又その破滅を促すに大に力を費したる其勞費の點よりして是非とも諸強國の競爭中に投じて相當の利益を分たざる可からず而して其機會の到来は〓して〓からざること疑なければ今度の結局は何れにしても軍國の急務は〓して怠る可からず若しも敵國に報復の力なきを侮り眼前の勝利に安んじて軍國の事を緩慢に付し去ることもあらば今後數年ならずして大に悔ゆる時ある可し我輩は我國民が目下戰爭の最中より早く此點に着眼し大に軍備擴張の事を講じて一旦の機會に日本國の名譽利益を全うする覺悟あらんことを切に希望するものなり