「輕々しく同盟條約を結ぶ可らず」
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時事新報に掲載された「輕々しく同盟條約を結ぶ可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
輕々しく同盟條約を結ぶ可らず
日本をば東洋の一小國として侮り居たる歐米の人民が今回圖らずも日〓戰爭の實況を目撃して驚愕一方ならず俄に言葉を改めて我國の進歩發達を稱賛するに至りしは實に近來の一奇觀にして彼の倫敦タイムスを始めとして歐洲各國の新聞紙は何れも口を揃えて今後東洋に於ける日本の勢力、輕〓す可からざる所以を論述し銘々に吾こそは日本の朋友なりと公言して只管自國の政府に日本と同盟の特約を勸告するもの比々皆然らざるはなし是れぞ即ち西洋人が漸く日本國の眞價を發見したる證據にして吾々日本國民の身に取りては誠に快き次第なれども一歩を退けて深く自から考えるときは斯外國人に持囃さるればとて輕々これを信じて或は歐洲の某國と特別の結約せんなど立論するは我輩の斷じて取らざる所なり抑も今日に當て歐洲諸國が日本と同盟せんことを求るは何故なるかと尋るに決して彼らの中心より日本を敬愛して之と喜憂を共にせんとの希願に出たるものに非ず彼等の眞實を叩て其目的とする所を詮索し來れば唯日本の實力に富めるを見込んで之と結び一旦緩急のとき其應援を得て以て自家の利益を保護せんとする純然たる自利の〓〓に外ならざるのみ如何にも殺風景なる次第なれども凡そ今の世界に國と國との交際は其外面の體裁こそ美なれども内實は唯自家の利益を謀るのみ一般普通の公認する所にして今更怪しむにも足らず咎るにも及ばず左れば彼等が今日に至りて俄にも我に接するに温顔を以てするも固より其處にして我れより殊更に之を逆う要はなけれども自利一偏の世の中とあれば我去就を決する標準も亦自利の外に在る可からず自利即ち國の獨立と云うも可なり多年來歐洲の列國は相互に立國の利害を異にして軋轢粉〓の絶ることなく英佛獨路の間その交〓親密なりと云うも内面の眞相は唯他を損して自から利せんとするのみ引滿不發危機一髪の間に在る其有樣は實際の戰塲に干〓を交えるものと相去ること遠からず幸にして日本は國の位置の離れたるが爲めに此競爭の影響を直接に蒙ること少なしと雖も今若し我國が歐洲の或一國と攻防の同盟を爲すことあらんには其時を限りに我中立の資格は全く消滅して同盟以外の國々の忽ち反對者の地位に立ち事に當り物に觸れ常に我利益を妨げ我勢力を殺がんとして之が爲めに生ずる外交の困難は如何ばかりなる可きや面倒至極なりと云う可し然り而して一方に此面倒を見る代りに他の一方に如何なる利益ありやと云うに今や我國は〓に亞細亞大陸の最大國たる支那を足下に蹂躙したれば最早東洋に恐る可き國なきのみならず歐洲の強國と雖も眼前に日本軍の手並を目撃したる上からはいよいよ已むを得ざる事〓あるに非ざれば東洋の極端に我れと勝敗を爭う危險を冒す者は先づ以てなかる可し自立自から守て敢て妄漫を〓うせざる限りは日本は歐洲に敵なきものなり〓もなき其歐洲の一國と同盟して却て敵を作る媒介を〓すとは〓〓〓の策に非ず特別の同盟斷して行う可からざるものなり
前述の如く我國現今の〓勢に照して外國と同盟する有害無益なるは甚だ明瞭なれば假令如何なる國より如何樣の條件を以て申來るとも我れに於ては決して輕々しく之に應ず可からず今日我國の爲めに謀りて最上の策は何れの國をも味方とせず又敵とせず巧に各國の間に行わるゝ權力の平均を支配して以て專ら自家の利益を〓進する一事なり東洋の大陸と云い南洋の群嶋と云い我日本の附近に空しく埋没せる遺利は甚だ多く之を採て我用に供するは嚢中の物を探るよりも容易なり唯此際に聊か氣遣わしきは歐洲諸國との衝突なれども是れとても外交の〓に當る者が巧に我中立の位置を利用して豫妨の工風を運らすときは深く恐るゝに足らず外交官の腕前を現わすは即ち此時なりと知る可し現に英國の下院に於ては僅々七八十名の愛蘭自治黨議員が自由保守兩政黨の中間に立て能く權力の平均を支配し六百有餘の議員をして其鼻息を窺わしむる實例あるにあらずや然るを況んや日本と欧洲國と實力の比例は決して自治黨が英國の二大政黨に對する類にあらざるに於てをや當局者の伎倆次第にて日本國の前途は頗る多望なりと云う可し