「社寺廢す可らず」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「社寺廢す可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

既に衆議院に呈出せられて目下特別委員の審査中なる社寺塲外上地還付に關する法律案は今後果して如何に議决せらるるやを知らずと雖も右に就ては社寺は勿論全國無數の氏子信徒より經世に志ある識者も共に夙に其正當にして必要なるを認め居たる所のものなれば貴衆兩院も速に之を可决し政府に於ても自から進んで實施を急ぐこそ當然なる可し抑も社寺舊所有の山林は皇室を始めとして幕府諸侯又は人民が社寺の創立、維持若くは風致の爲め特に寄附したるものなりしに明治三年政府は令を下して社寺の朱黒印除地を上地せしめ尋で同四年に至り社寺祿制の制定を機として更に社寺堂宇の敷地を除くの外都て塲外として上地せしめ朱黒印除地の分に對しては社寺遞■(にすい+「咸」)祿を付與したれども境内を分割して上地せしめたる分に對しては多くは何等の沙汰もなかりしより爾來社寺の維持漸く困難にして其〓廢絶の不幸に陷らんとする者比比數ふ可らざるに至りたる次第なれば既往の不當處分を正し以て將來の維持を計らんとは即ち本問題の要領とする所なり今議院及び政府が之を可否せんとするに就ては先づ第一に日本は宗教を要せざるや否やと吟味して大體の方針を定むるこそ肝要なれ社寺が多年我國の世教を扶植し來りたるは爰に細説する迄もなく爭ふ可らざるの事實にして上等社會は兎も角も中以下に至ては今後とても亦决して之を欠く可らず教理の談は暫く擱き唯その由來久きが爲め世間多數の信心は猶ほ依然として之に固着し神佛の命ずる所に對しては正直を守ること最も篤く甚だしきは水火をも辭せざる程の有樣なれば經世の要具として此感化力を借用するの大切なるは何人も容易に了解し得可きのみか現に此回の戰爭にも從軍の兵士等が豫て忠君愛國の志想を涵養して餘りあるにも拘はらず神職僧侶の奬勵を受くるに及んでは復た今更の心地して勇氣百倍非常の决心をなすなど偉大の効驗を奏するよし屡屡新聞紙上にも見ゆる通りにして其他居家處世のこと神官佛者の力によりて種種の便宜を得るもの亦甚だ少なからず然るに明治の初に於ては斯る功徳を容易に看過し百事磊落の書生流を以てして廢佛論等の盛に行はれたるが爲め〓こそ〓記の如く社寺所有の山林を上地せしむる等亂暴の處分に出でたる次第にして即ち當時の廢佛を以て方針となしたるが故に寺院を苦むるも左ることながら今日に至りて其方針の誤れるを悟り果して經世の要具たるを認むるに於ては彼の廢佛的處分を改めて更に寺社維持の方法を復興するは自然の結果として復た躊躇するを要せざる可し然のみならず假令ひ政府が今尚ほ廢佛の方針を固執せんとする〓〓〓もの目的を〓す可らざるや明白なるが故に漫に〓令を以て寺社の盛大を挫かんとする其結果は偶偶當〓〓をして〓〓の弊害を釀さしむる迄のことにして遂には社會に功徳を與ふるものが却て經世の妨をなすに至る〓〓近來〓〓〓に〓ても定めて此〓は〓ひ當る〓〓〓〓る可く其源因を尋ぬれば明治初年の書生論が〓〓をして〓〓に〓らしめたる失策も與かりて大に方〓〓が如し〓〓社寺は廢す可らず又廢する能はざるものとせば〓〓に大に之を助長して其光明を放たしめざるや殺すが如く活すが如く曖昧の裡に苦むるは我輩の最も服せざる所なり且つ又我國の神社佛閣は世界に有數の美觀にして外國人等の日本を云ふ者は此等の社閣に其目を奪はるるが爲めにして往く往く内地を開放し萬國の來客を招きて伊太利と同樣遊覽者を以て國家の一富源となさんとするには美をしてますます美ならしむるの用意なかる可らざるに今日の如き有樣にては保存の法さへ行屆かずして飛龍走虎の彫刻も其形を失ひ行雲流水の名書も其色を消して看す看す退廢を待つの外なき上に或は窃に寶物等を流用して一時の救急に充つる者さへあり惜みても猶ほ餘りあることにして若しも此儘に永く注意を怠るときは國家の精華ここに廢絶して世界の嘲りを招くこととなる可し實に回す可らざるの恨事なれば我輩は今にして早く之が計をなさんが爲め上地還付案の是非とも本期議會を通過せんこと希望に堪へず敢て立方當局者の一顧を促す所以なり