「支那政府の窮策」
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時事新報に掲載された「支那政府の窮策」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
我輩は目下支那政府が只管歐洲諸國に泣附て日本をして法外の要求を爲すなからしめんことを依頼し〓〓ありとの〓に接して聊か奇異の感〓き〓はず抑も此度の戰は支那と日本との間に〓りたる相對の爭にして〓〓の國々など〓〓より〓を容る理由を見ず若しも支那にして〓〓和を欲するの心あらば他人に取次を〓まず自から來て我れと談判す可しとは日本政府の最初より主〓したる所にして流石に〓〓なる北京政府も再三〓〓を重ねたる後漸く事の道理を會得したることゝ見え今回遂に媾和の全權を備へたる〓〓を〓して談判に取り掛ら〓〓たるは〓〓の〓〓として近來の大出來なりと我輩の〓に滿足せし所なるに何ぞ圖らん李鴻章が馬關にて談判の最中、一方に於て北京政府は歐洲列國の間に奔走して日本の要求を限制せしめんことに盡力とは如何に支那人の思付とは云ひながら誠に以て譯の分らぬ次第なり彼等の考に今回の談判に當て歐洲の強國を後楯に爲すときは日本も其勢に辟易して自から要求の度を低くするに相違なしとて俗に云ふ虎の威を借る狐を學ぶ了管にてもあらんか左りとは淺墓なる計略と云はざるを得ず今日の處、戰爭は未だ終を告げずと雖も實際の結果に於ては日本が〓に終局の勝利を得たるものと異なるなく支那にして此際平和を欲するならば日本の云ふがまゝに土地を割き償金を拂ひ唯命是れ聽くの外に路ある可らず而して我要求の性質程度に就ては當局者の所見夙に確定せること云うまでもなく假令ひ此期に臨んで外國より如何なる忠告申込あるとも是れが爲め我國の決心に寸毫の影響を及ぼすことなきは勿論、又歐洲諸國とても今まで此戰爭を〓手傍觀し居りながら平和談判の漸く纏まらんとする今日、俄に支那の味方と爲りて以て東洋の最強國たる日本に對して百年の怨を買ふが如き無謀の擧に出ることは萬々ある可らず支那人が世界の大勢に通ぜず外交の何物たるを知らず殆んど兒戯に等しき小策を運らして天下の笑を招くは毎度ながら我輩は今又その猿知惠の計畫を傳聞して更らに氣の毒に堪へざる者なり