「戰爭の功績と外交の伎倆」
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時事新報に掲載された「戰爭の功績と外交の伎倆」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
戰爭の功績と外交の伎倆
日清の開戰は朝鮮の獨立談より端を發して發端より我名義の正しきは申す迄もなく爾來戰爭の實際を見るに陸戰に海戰に着々異常の效を奏して一回だも違算あることなし我忠勇精錬の兵を以て卑怯未熟の敵に臨む勝敗利鈍の數、自から然らざるを得ず毫も怪しむに足るものなしと雖も然れども平壌を始めとして旅順の如き成海術の如き彼が其天然人為の防禦力を盡して守りたるにも拘はらず傾刻の間に之を陥れて然かも我の失ふ所は極めて少なり殊に海軍に至りては世界の歴史上に珍らしき大海戰を戰ひて偉大の功を奏し遂に適の海軍力を粉韲して隻影を留ざるに至らしめながら我に於ては最初より一隻の船艦さへも亡はざりしが如き卒然これを見るときは其功の非常にして事の意外なる所謂神祐冥助なるものには非ずやと思はるゝ廉もなきに非ず試に昨年開戰前の有樣を見よ我國の地位は果して如何なりしや朝鮮は日本が世界に對して紹介の勞を取りたる獨立國なるにも拘はらず支那の爲めに殆んど主權を蹂躙せられて獨立の名あれども其實なきのみならず日本の朝鮮に於ける勢力は陰に陽に支那人に壓せられて現に我人民が彼地に於て蒙りたる損害さへも容易に償を求むるを得ず朝鮮人にさへも輕蔑せらるゝの有樣なりき又西洋諸國に對しては如何と云ふに漸く條約改正の端を開きて年來外交上の屈辱は稍や伸びんとするの色を現はしたれども一般の外國人は日本を視ること未だ重からずして適ま好評を聞くも山川の風景を賞するか若しくは美術の巧妙を説くに過ぎずして恰も小兒のあどけなき容姿を愛すると一般なりしに然るに戰爭の結果として清韓兩國に對する地位の全く一變したるは申す迄もなく世界の表面に於て昨日までは可憐の稚女も忽ち偉然たる丈夫と爲り優に諸強國の列に入りたるは疑なき事實にして其變化の迅速なる自から回顧して恰も夢の如きの感なきに非ず戰爭の效能偉なりと云ふ可し又支那と戰ふに就て勝算は豫め期したる所なれども戰爭の爲めに國内の疲弊を致すは古來の通例にして今度の戰とても此一點は免る可らずとて竊に掛念したる所なりしに開戰以來今日までの有樣を見れば豈に圖らんや豫想とは反對にして國内の商賣工業等は毫も難澁を感じたるの模樣なく殊に外國貿易の如き戰爭中にも拘はらずして無事に行はるゝのみか前年に比すれば寧ろ繁昌の色ありと云ふ既に商賣貿易に影響を感ぜざるときは幾年の間、戰を繼續するも容易に疲弊を致すことはなかる可し况んや僅々一年にも足らざる時日の間に於てをや實に豫想外の現象なりと云ふ可し左れば今回の戰爭は敵に向ては百戰百勝請合ひとも云ふ可き其上に内國にては之が爲めに毫も苦痛を感ずるものなく唯國威のますます發揚するを見るのみなりと云ふ我輩は只進んで戰ふの利を知るものなり或は飽までも戰ふて敵を窮追するときは遂に得る所のものなきに至る可しとの掛念もあらんなれども支那四百餘州は到る處豊饒の地にして其國民も亦決して貧ならず戰爭の報償を我に收むるは容易にして恰も保険附の戰爭とも云ふ可き其戰爭を彼の懇請に任せて中途にして和議を媾ぜんとす彼に於ては非常の恩惠として感佩する所なる可し思ふに今日まで戰爭に從事し偉勲を奏して國光を發揚せしめたるは偏に陸海軍人の力に外ならず而して平和の談判に就き彼をして恩惠に感佩せしむると同時に連戰連勝の結果を我に收め戰爭以來博し得たる聲譽を實際に實にするものは一に外交官の伎倆如何に在り我輩が一般の國人と共に特に刮目して見んと欲する所なり