「外國干渉の説は無實なり」
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時事新報に掲載された「外國干渉の説は無實なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外國干渉の説は無實なり
平和條約はいよいよ調印濟と爲りたるよし條件の詳細は未だ知るを得ざれども假りに我輩の聊か聞き得たる所（昨日の紙上に記載したるもの）を實に近きものとするときは至極温和の要求にして内外人共に非難はなかる可し或は今回の戰爭は東洋に於ける日清兩國の間に開かれたるものにして局外の諸國には毫も關係なきに拘はらず或る外國の如きは平和の談判に關して意見を陳ずる所あり之が爲めに我指命の條件に幾分の增減を見たりなど説を爲すものもなきに非ざれども我輩は斷じて其無根を保證するものなり抑も日清の戰爭は朝鮮改革の事に關し彼より戰を挑みたるより端を發して其曲固より彼に在り我正義の師は只敵の頑冥を懲らさんが爲めにして他に求むる所あるに非ず而して戰爭の實際を見れば開戰以來未だ一個年を經さるに毎戰功を奏して既に敵の咽喉を扼し今後の一擧は只その背を〓つのみの一段にまで立至りたる其大勝利は世界古今の歴史にも例を見ること稀れなる可し是れ皆忠勇なる我軍人の奮戰力と一般國民の公義心とに由るものにして曾て外國人の力を假りたることなし例へば海軍の如き其技藝は近代發明の學理を應用するものにして日本に於ては創設以來年尚ほ淺く世界の先進國に比すれば實に一個の後進生たるに過ぎざるにも拘はらず船艦の運轉より諸器械の使用法に至るまで一人たりとも外國人の手を借らずして然かも敵國の海軍力を全滅するの大勲功を奏したる如きは著しき事實にして今回の戰爭に就ては最初より何一つとして依賴したることもなき全く無縁の外國人が突然、平和の談判に干渉するの理由はある可らず我輩の決して信ぜざる所なり或は日本が敵国に指命したる條件は重大に過ぐるが故に友邦の情誼看るに忍びずして忠告を試みたるものなりと云んか本來輕重と云ひ大小と云ふは比較的の語にして其標準を得ること甚だ難しと雖も假りに或る外國が支那帝國と戰ふて今回日本の勝利と同樣の結果を得たりとせば其外國は如何なる要求を爲す可きやと云ふに日本が支那に指命したるものに比して必ず重大なるや實際に〓ふ可らず日本人が平生智慮に乏しからずして斯かる塲合に當りても集法の要求を提出して徒らに他を苦しむるが如きことを爲さゞるは何人も許す所にして外國人等も其條件の必ず温和なる可きは最初よりして疑はざりしことならんなれば今更ら之を重大なりとして忠告を試みるが如き〓〓の擧動はある可らず假りに一歩を譲りて外國干渉の事實ありとするも我當局者が其條件を至當と認めて提出したる上は假令ひ局外者より如何なる忠告あるも寸毫も譲る可きに非ず况んや如何なる外國にても今日の塲合に無益の忠告を試みて我國の感情を害するは自家の爲めに非常の不利なるに於てをや我輩の斷じて信ぜざる所なり又或は平和の條件は至極温和にして素より異議なしと雖も外國ならば尚ほ重きを命ず可き筈なるに日本なるが故に温和なりとあれば日本人に限りて殊に無慾なりと云ふに異ならず寧ろ奇ならずやとの疑もあらんかなれども日本人決して無慾ならず其條件の温和なるは商賣の一點に着目して永遠の利益を期したるが爲めのみ戰勝の勢に乗じて最後の一打撃を下すときは彼の老帝國を破碎して粉韲に歸せしむること難からず其死命を制するは既に我手中に在ることなれども彼の四百餘州を無君無政府の有樣に陥れ四億の人民をして其所を失はしむる如きは無益の殺生にして實際に何の利する所もなかる可し日本の目的は彼の頑冥を導ひて從來世界に鎖したる門戸を開かしめ大に通商貿易を便にして永遠の利益を謀らんとするものなるが故に戰爭は只彼の暴慢無禮を懲らして自から改悟の實を表せしめたるまでに止めて彼を追窮することを爲さず平和の條件に就ては商賣の事に重きを置て其他に多きを望まず即ち土地償金等に就て甚だ温和なりしは商賣上の利益を主としたるが爲めなるのみ決して怪しむに足らざるなり要するに外國云々の説は全く無根のみか我輩の聞く所に據れば今後の戰爭に付き諸外國は始めより終りに至るまで眞實中立の德義を守りて曾て差出がましきことはなかりしと云ふ即ち今度の平和條約は実に日本國人の隨意に成りたるものにして此一段に至りては我輩は我軍人の功勞と共に外交官の盡力に對して大に感謝を表するものなり