「京濱間の電氣鐡道」
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時事新報に掲載された「京濱間の電氣鐡道」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
京濱間の電氣鐡道
今度東京と横濱との間に輕便電氣鐡道を敷設し毎五分間に客車を連發するの計畫ありと聞き我輩は取敢へず大に賛成を表する者なり抑も現今我國に於ける鐡道營業の方法は極めて不整頓にして種々の缺點殆んど枚擧するに遑あらずと雖も就中最も改良の急を要するものは即ち汽車發着の度數なり全國の鐡道業者は何れも申し合せたる如く只管經費を節減して以て純益を大にせんことにのみ汲々たれば從て一切の改革新工風を嫌忌して成丈け舊來の營業方を細く長く維持せんことを勉る者滔々皆然り殊に公衆の便利の爲めに列車發着の度數を增加するが如きは彼等の最も好まざる所にして乗客山の如く停車塲に集りて待合所の混雜名状す可らざるを見ても更に頓着することなく唯出來る限り多人數を集めて一時に之を輸送し以て列車運轉の費用を省かんことを是れ勉るは即ち方今我國に於ける鐡道營業の實况なり京濱間の鐡道往來は近日聊か度數を增したれども尚ほ一晝夜二十二回に過ぎずして發車と發車との間隙は平均四十分乃至一時間なり左れば東京の乗客が新橋にて一たび汽車に乗後るゝときは一時半乃至二時間の後にあらざれば僅に七里を距てたる横濱に達することを得ざる譯なり誠に馬鹿氣切つたる次第にして公衆の兼てより不平に堪へざりし所なるに今般圖らずも電氣鐡道敷設の計畫起りたるは我輩をして大に滿足せしむるものと云はざるを得ず或は此鐡道の競爭に由り現在の官線に損害を及ぼす可しとて心配する者なきに非ざれども一任官線が其爲めに如何なる迷惑を感ずるとも實際に於て毫も差支ある可らず何となれば天下公衆の利害は鐡道局と名くる一局部の損得に比して遙かに重大なればなり况んや新鐡道は唯京濱間を往復するのみ所謂地方線にして東海道線とは全く其目的性質を異にし又貨物の類は一切搭載せずと云ふに於てをや官線が其競爭の爲めに大損害を蒙る可しとは我輩の信ずる能はざる所なり兎に角に我輩は京濱間電氣鐡道の一日も速に敷設せられんことを世人と共に切に希望する者なり