「蒸氣鐡道と電氣鐡道」
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時事新報に掲載された「蒸氣鐡道と電氣鐡道」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
蒸氣鐡道と電氣鐡道
近着の米國新聞紙を見るに同國コンネチカツト州にては近來電氣鐡道の新設甚だ盛なるより忽ち從來の蒸氣鐡道に非常なる影響を及ぼし何れの會社も收入俄に減少して會計上の困難一方ならず殊に紐育ニユーヘーヴン及び紐育ニユーイングランドの兩會社は其影響を蒙ること最も甚だしく窮困の餘り遂に去三月下旬を以て總代員を撰びコンネチカツト州立法議會の鐡道委員に面接して現在の鐡道に平行する電氣鐡道の敷設を許可するなからんことを要求したりと云ふ紐育ニユーヘーヴン會社の代表者たる同社副社長ホール氏の提出せる統計表に據れば該鐡道線路中、重なる區域に於て過る三箇月間、電氣鐡道の爲めに其收入を減少せられたる割合左の如し
ノルウオク ローウエートン間 五割
ブリツジポルト サウスポルト間 八割
ニューヘーヴン ウエストヘーヴン間 七割
ウオリンフオルド メリデン間 三割
ニユーヘーヴン エールスヴヰル間 四割五分
メリデン エールスヴヰル間 九割
ウオタベリイ ナウガタツク間 九割五分
サウシントン プランツヴヰル間 十割
此件に付き米國の電氣雑誌エレクツリカルレヴヰウは大にコンネチカツト鐡道會社の處置を嘲り「若しもホール氏の統計にして果して確實なるものならんには是れぞ即ち現在の蒸氣鐡道が公衆を滿足せしむるに足る可き充分便利なる運輸者にあらざる最上の明證なり何となれば世人が斯の如く蒸氣鐡道を棄てゝ電氣鐡道を使用する所以のものは詰る所、後者の便利、前者に比して遙に優る所あればなり蒸氣鐡道會社が此際畢生の力を盡して自家の營業を保護せんことを勉るは固より怪しむに足らずと雖もコンネチカツト州の立法議會が公衆一般の利害を顧みず唯一圖に現在の蒸氣鐡道を保護せんとの考よりして文明世界最良最便の運輸器たる電氣鐡道の新設を妨るが如きことは先づ以てなかる可しと吾人の竊かに信ずる所なり左れば鐡道會社の爲めに謀るに法律の力を借りて電氣鐡道の新設を妨るが如き姑息の策を止にして先づ取敢へず自から其枝線には都て電氣を用ふることゝなし且つ發車度數を增加するなど種々樣々の改良を實施して以て新會社と競爭するの覺悟こそ肝要なれ」云々の次第を切論したり誠に尤も千萬なる議論にしてコンネチカツト州の鐡道業者も之に對して一言の辯解なかる可しと我輩の信ずる所なり然るに過般來日本にも電氣鐡道の計畫陸續出で來りて既に政府の筋に願書を差出したる者も少なからざれども當局者は之を許可するときは既設鐡道に影響を及ぼす可しとて兎角に躊躇の傾ありと云ふ誠に堪へ難き次第なりと云はざるを得ず蒸氣車の損失を気遣ひて電車の營業を許さゞるは恰も駕籠人足の迷惑を思ふて人力車の流行を妨げ人力車夫の困難を察して鐡道の敷設を禁ずるものに異ならず苟も經濟學の原則を知る者にして誰か其愚を笑はざるものあらんや我輩は米國に於ける電氣鐡道營業の状況を聞て益す我國に之を輸入することの速ならんことを切望する者なり