「東洋に於ける英露の軋轢」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「東洋に於ける英露の軋轢」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

東洋に於ける英露の軋轢

英國と露國とは根底より國の利害を異にして此方の幸は彼方の不幸たるの有樣なれば此二國が合互に親密の交を結ぶことは到底實際に望む可らずとの次第は前號(六月五日)の紙上に譯載したるプロフエスソル ヴアンプレイ氏の論説に明なり氏は專ら土兒格及び中央亞細亞に於ける兩國軋轢の状勢を考究して右の結論に到着したるものなれども抑も英露反目の區域は廣く亞細亞の全部に亘り西、黒海より東カムサツカに至る迄西伯利の南境一帶の地は危險の伏する處にして何時にても兩國間の大破裂を惹起す可き萬里の導火線と云ふも可なり左れば近く我國と海を隔てて相對する朝鮮滿州地方の如きも其地勢上よりして决して何時までも無事平穩に今の状態を維持し得べき筈なく早晩英獅露鷲が牙を鳴らし眼を瞋らせて相爭ふの塲處と爲る可きは疑を容れず元來露國の渇望は亞細亞にもあれ歐洲にもあれ何處に限らず良好なる港を得て軍略上及び商賣上の用に供せんとするの一事にして百年來の計畫一日の如く唯この大目的を達せんことを勉る其一方に於て英國は有らゆる手段を運らして露國の謀を空ふせんことに汲汲たり而して今日までの處にては英の策略運動、宜しきを得たるものか首尾よく彼の南進を阻碍して之を北隅に封鎖することを得たれども露も亦名に聞えし大國なれば他の妨害に遭ひたればとて是れが爲めに初一念を變ぜざるは勿論にして英の之を妨ること愈よ大なれば彼の南進に力を用ふることも亦愈よ急激にして詰る所聖彼得堡の政府は百難を排して海濱に頭角を現はすに至らざれば止まざるの决心、明明白白にして又疑ふ可らず然り而して土兒格、阿富汗、印度等に於ては兩國の軋轢既に多年に亘りたるの結果として露の侵略に對する英國の守備用心、頗る嚴重なる其上に假令ひ露國が邊疆少許の地を併呑するとも其れより海岸に歩を進めて良港を占領するまでには尚ほ距離の少なからざるものあり之に反して朝鮮滿州の地方に在ては露領の一端は直に海に接し唯少しく南下すれば嚴冬にも氷結せざる天然の良港少なからざるのみか朝鮮と云ひ滿州と云ひ何れも自衛の力とては皆無にして之を併呑するは露國一擧手の勞に過ぎず唯その好機會の到來を待ちつつあるは正に今日の情勢なれども露西亞にして愈愈亞細亞の東端に侵略の實形を現はすときは英國は必ず之を默許することなく力を極めて妨害を試るに相違なければ勢、茲に英露葛藤の新舞臺を開て朝鮮滿州の地方は紛擾爭亂の中心たるを免かれざる可し扨斯る形勢に迫りたる處にて今日までの經驗にては英露の軋轢など云ふも日本國中殆んど耳を傾る者さへなき程の次第にして又實際國の利害上より之に注意するの必要もなかりしなれども咋夏以來我國の外交は俄に面目を改め復た昔日の例を以て論ず可らず事苟も東洋の形勢に影響を及ぼす以上は日本は直接に其利害を被る第三の國として之に干渉するの權理あり又義務ある者なれば前記二大國の軋轢紛爭を傍觀して度外に置く可らず千思萬慮これに處するの法を講究するこそ緊要なれ若し夫れ英露兩國の間に居て日本國の去就向背如何の問題に至ては我輩今故さらに之を言はざるも從前の行掛りよりして國民一般の感情に訴へ又實際の利害に問ふて讀者の方寸自から定論ある可し唯此際に我國の最も必要とする所は即ち兵備の擴張にして就中軍艦の製造は目下の最大急務なり我國民は須らく一心不亂に國富を増し國力を貯へ以て他日の大功名を期すべき者なり