「英政府の更迭」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「英政府の更迭」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

英政府の更迭

英國の自由黨政府は過般以來次第に國會に勢力を失ひ動もすれば反對黨に多數を制せられんとするの危機に迫り此樣子にては最早や日ならずして内閣更迭の事ある可しと世間一般の豫想なりしに果して違はず昨日のロイテル電報はロースベリイ伯辭職してソールスベリイ侯王宮に召出されたりとの新聞を傳へたり但し同侯が内閣を組織したる後は一應下院を解散する積なりと云ふ其次第を尋るに現在の下院は漸く自由黨政府に反對の色を現はしたれども左りとて未だ全く保守黨の味方と爲り終りしにも非ざれば侯は茲に議員の總撰擧を行ひ純然たる保守黨議會を造りて以て新内閣の爲めに確乎たる根據を得んと欲するの胸算なりとぞ侯は果して其胸算の通りに總撰擧に大勝利を博して鞏固なる内閣を組織することを得べきや否や確言し難しと雖も英國古來の慣例に據れば一内閣の壽命は平均凡そ三四年を常とすれば去明治二十五年グラツドストーンの組織したる自由黨内閣が三年を經過して今日その終を告げたるは年數に於て决して早きに過るものと云ふ可らず旁以て英國の政權は或は今後數年の間保守黨の爲めに掌握せられ自由黨は再び在野の反對黨と爲て滿足することなる可しと我輩の敢て信ずる所なり英國の政治にして愈よ保守黨政治家の司る所と爲らんには吾吾日本人の先づ第一に注目す可きは東洋に於ける彼國の政略如何に變化す可きやの一事なり古來保守黨の方針は外國に對して寧ろ強硬なる政略を取るに在り自國の利益を保護する爲めには進んで退かず往往果斷决行して世界の耳目を驚かしたることさへなきに非ざれば目下露西亞が滿州朝鮮の地方に爲す所あらんとするの折柄今度英政府の更迭は我國の對岸益す多事なる可き前徴として見るも大なる間違なかる可し又この政變に就て注目す可き第二の要件は銀貨問題に對する英國政府の方針如何の一事なり盖し保守黨は近頃ろ漸く兩本位説に差袒するの傾向ありて現に該黨未來の領袖として仰がるる彼のバルフオル氏の如きは最早や公然たる兩貨制論者にして屡ば公衆に向て其意見を吐露したることあり其他保守黨中鏘鏘たる名士にして兩本位を主張する論者少なからず且つ又英國一般の實業社會の中にも金單本位を厭ふの感情日に益す盛なれば此際保守黨は人心收攬の一手段として大に兩本位説を主張するに至るやも知る可らず何れにしても今度の更迭が世界の銀論に一大刺激を與ふることに就ては更に疑ある可らず我輩は今後一層英國の事情に注意して報道を怠らざる可し