「日本人民とアングロサクソン人種」
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時事新報に掲載された「日本人民とアングロサクソン人種」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
桑港クロ★ニ★クル新聞紙中に英國の航路保護策を評論したる一條あり其大意に云く
倫敦タイムス云く今後苟も世界萬國の間に新に頭角を現はす國を見ることあらんか、其國は即ち是れまで地中海の海濱及び之に續て太西洋の海濱に於て實行したる文明擴張の故事を採來りて之を未開の太平洋海濱に應用せんとするものなる可しとタイムスは此意見を基礎として太平洋往來の諸汽船航路及び海底電線に對し毎年五十萬弗の保護を給す可きことを英國政府に勸告し又從來英國が阿非利加洲のベチュアナランドに注入する所の金は素より必要ならんと雖も尚ほ之よりも必要なる使用法あり即ち太平洋の海濱に我英國の商賣貿易及び權勢を擴張するの目的を以て此金を使用すること是なりと論じたり
若しも倫敦タイムスの論ずる所愈よ精確にして其主張する政略果して英國の爲めに得策なりとすれば何故に之と同樣なる政略が我合衆國の爲めに得策ならざる可きや太平洋の一方の海濱に於て我我は啻にアラスカの海岸を所轄するのみならず英領コランビアより墨斯哥に至るまでの全海岸は我所有の本國土なり即ち合衆國は南北兩氷洋の間に在る海濱の著しき部分を統轄するものと云ふ可し僅に北緯四十九度より同六十度に至るまでの間の海濱をのみ所有する其英國が汽船及び海底電線に毎年五十萬弗を奮發し得るとせば莫大なる海濱線を所有する我合衆國は之と同樣の目的を以て果して如何なる金を費して然る可きや云云
又英人サー エーチュ ハウェルスが書を寄せて英國は北米合衆國と共同の政略を執る可しと勸告したる其寄書に關しサー ジー エス クラークは拙者も此事に就き昨年三月のノース アメリカン レヴュー紙上に意見を陳べしことありとて倫敦タイムスに寄書して云く
余は祖先以來骨肉の縁ある英米二國が互に意中を打明し得なば實行に難からざる海軍同盟のことを發言したり即ち余は彼のレヴュー紙上に記載して云く斯る同盟を創設して維持し得可きは唯我我英米人あるのみ如何となれば他を害しても自から利せんとするの慾情を脱し公明正大、世界萬國の貿易をして自由自在に運動せしめんことを望みて一點の邪氣なき我我兩國こそは相互に海上の兵力を結合して以て他國人の野心を制し得べければなり又從來諸國に行はるる海軍連合は動もすれば其軍艦の數に割合して實力に乏しきの弊なきに非ざれども英米は親類にして感想を共にし双方の間に自から信任の情厚きが故に特別の力ある可しと余は夫れより斯る共同政略の利益を説明し隨て方今東洋に於て將に生ぜんとする所の葛藤に備ふるの策を論述したり
余はサー エーチュ ハウェルスが此大目的を成就せしむるが爲めに必ず一臂の力を貸すことあると信ずる者なり如何なる處に於ても合衆國と我英國との利害は眞實に衝突するの患ある可らず本來我兩國民の爲めには商賣貿易の自由運動こそ最大なる利益なればアングロ サクソン人種が實際に是等の事實を認めて實際實に之に着手するは世界の平和、世界の進歩の爲めに最も慥なる保證なりと云ふ可し云云
以上横字新聞に論ずるが如く地中海及び太西洋の海濱を開きたるの例に傚ひ更らに太平洋の海濱に文明を擴張せんとの立言は實に對局の明あるものにして古來商賣貿易の自由運動を主義とするアングロ サクソン人種が商賣發達の第三海洋たる太平洋に商權を振ふは自然の大勢と云ふ可し然るに今我日本國の地位を以て論ずるときは我版圖に屬する海濱の長さも北は千嶋より南は臺灣に至るまで假令ひ陸續きには非ざるも嶋と嶋との間を綴るに汽船の便を以てすれば屈曲延長幾千里に亘りて一大海濱線を成すものなり
凡そ國の富は其富の靜坐したる量のみに由て定まるに非ず即ち其本國内の各處相互の間、又本國と海外の所領地若しくば外國との間に交通の便を發達せしめて此處彼處に往來運輸する其貨物の量に乘ずるに運輸の速力を以てしたる動力に依て定まることにして其趣は彼の物理學の進歩に於て十八世紀には物體の性質研究を主とせしものが十九世紀には勢力の動學を主とするに至りしが如し理學研究は次第次第に物質の問題を脱して益益勢力の問題となれり即ち物質的觀念は去て動學的觀念に入るの時節にして今の世界に富國と稱するものは所有の貨物の大なりと云ふよりも寧ろ之を運搬する動力の大なるものなりと解釋して當る可し即ち貨物の物質的觀念を脱して其動學的觀念に達したるものなり畢竟、英米佛の富力、世界に冠たるは他なし貨物運搬の動力大なればなり佛は國富み兵強く實に西洋に於て文明率先者の一なれども如何せん我國と利害の異なる者に結托する其間は是非なき次第として之を擱き我はアングロ サクソン人種と同盟して相互に提携し太平洋上に武略壓制を專一にして商賣貿易の自由運動を束縛せんとする者の出現を防止めて以て我廣大なる海濱線の安寧を維持せざる可らざるなり