「干渉事件の報告」
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時事新報に掲載された「干渉事件の報告」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
干渉事件の報告
臨時議會は遠からず開かる可しと云ふ政府は軍備擴張案并に増税案を提出して議に付すると共に彼の三國干渉の顛末を議塲に報告せんこと我輩の敢て望む所なり干渉の事實は過般の詔勅に明なりと雖も顛末の詳細は當局者の報告を待て始めて知るを得べければなり現に今日に於ても彼の事件に就て當局者の處置を非難するものあり更に顛末を詳にするときは一層その聲を高むるのみにして事に益なしとの掛念もあらんなれども决して然らず文明の立國は國民と事を共にして一般に國の利害を感ぜしむること必要なり彼の事件の如く國家に大關係ある出來事の顛末を國民に報告するは政府の義務として止む可らず人心面の如く人人の所見は自から異なり其報告を聞て當局者の處置宜しきを得たり何人をして局に當らしむるも此外に手段なしとて納得するものもあれば或は其反對に之を咎めて非難攻撃を試みるものもあらんなれども苟も當局者が誠意誠心、國家の利益と信じたる所を斷行して俯仰天地に愧ぢざる以上は區區たる人言何んぞ畏るるに足らんや一方に政敵あれば他の一方には政友ある可し兎に角に國民の多數と共に進退を與にせんとするものなれば實際に許す限り何事も打明かして一般の人心に向ふ所を示し自から去就を决せしむるは决して無益の業に非ざる可し或は斯る顛末を公にして多少にても人心に不快の念を感ぜしむるは外交上に不利なりとの説もあらんなれども危機切迫千鈎一髮を曳くの塲合ならんには自から一説にして時に或は力を以ても人心の激昂を制することさへ必要なれども今や事件は平穩に終結して外交の體面全く舊に復したり此時に至りて過去の事實を公にするも差支はなかる可し决して掛念に及ばざることなり現に露國の新聞紙の如きは我政略に對し今尚ほ種種の暴言を逞ふして至らざる所なしと雖も日本人は別に之を意に介せずして日露の交際に毫も異色あるを見ず况んや實際の事實を有りの儘に公にして國民に告ぐるに於てをや外交上の不利などは萬萬ある可らず我輩の敢て當局者に望む所なり
責任問題
民間の政客中には議會の開會を待て政府の責任を問ふ可しとの議ありと云ふ即ち彼の干渉事件の始末に付き當局者の處置、機宜を失ひたりとして之を責めんとするものならん其顛末の報告を聞きたる上、果して遺算ありと認め默默に付する能はずとて之を責むるは其人人の勝手次第なれども假りに論者をして彼の時の局に當らしめたらば果して如何なる成算ありしや否や更に一歩を讓り充分の成算ありとして又當局者が非難の爲めに責を負ふて自から引退し論者自から之に代はるとしても彼の事件たる既に過去の事實にして今日と爲りては亡兒の齡を計ふると一般、事に於て益する所はなかる可し况んや責任云云は毎度の事例に明白なる如く之が爲めに當局者の地位は毫も動かずして隨て自から之に代はるの望は實際絶無なるに於てをや徒に空論を事とするの譏は免る可らず或は實際の動靜は兎も角も非難攻撃以て後來を警むるに足れば可なりとの説もあらんなれども今や一般の國民は彼の事件の爲めに言はず語らずの間に心を一にして軍備擴張の必要を感じ増税の負擔も敢て辭せずして只管國の爲めにせんとする此時節に當り空論に熱心して苟めにも大切の問題を後にするが如き擧動もあらば國民は果して何と見る可きや只自家の信用を損するのみにして實際に如何なる結果もなかる可し非難攻撃は人人の自由にして勝手なれども空論を論するにも自から塲合あり今日の塲合には自から顧みて自から謹しむこそ自家の得策なる可しと我輩の聊か勸告する所なり