「電氣鐵道の計畫斷行す可し」
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時事新報に掲載された「電氣鐵道の計畫斷行す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
電氣鐵道の計畫斷行す可し
東京は人口の割合に面積方外に廣くして市内の往來交通に無益の時間を費し商賣上其他の不便少なからざれば後來の繁盛を謀らんには何は扨置き普く市内の各處に電氣鐵道を敷設して以て迅速輸送の路を開くに若かずとの次第は過般來、毎度時事新報に論述したる所にして此立言に向ては世間恐らくは一人の反對者なかる可しと我輩の竊に心に期したる所なるに何ぞ圖らん曩に組織せられたる彼の電氣鐵道調査委員會に於ては利害の議論頗る喧しく數回討議の末、辛うじて或究窟なる條件の下に許可を與ふることに一决したる由なれども尚ほ市區改正委員會を始めとして其他にも中中頑固なる反對説を抱く人少なからざれば東京に於ける電氣鐵道の運命は未だ不安心の境界を脱したるものにあらずと傳ふる者あり近代文明の利器中最も便利最も有力の聞ある電氣鐵道を日本の首府に採用せんとするに當り苟も社會の上流に位して一通の學識もありと稱せらるる人人が空しく反對説を唱へんとは實に案外なる次第にして之を大にしては國の名譽にも關する事■（てへん＋「丙」）なりと我輩の甚だ悦ばざる所なり今その反對の理由を聞けば市の美觀を損するの恐ありと云ひ又は消防の妨害たる可しなど種種樣樣の説あるよしなれども實は其人人に於ても電氣本來の性質を研究して之を鐵道に應用するの方法を講じ學問上に實地上に利害の在る所を詳にしたるものとは思はれず唯その事の新にして奇なるが爲めに之を怪しみ他日若し不都合の生ずることもあらんには其責任者は即ち今日これを許可したる者なり左りとは安からざる次第なりとて兎角新奇を避けて平穩無事を祈り俗に云ふ當らずさわらずの心よりして自然に冷淡なるものにてもあらんは固より我輩の推測なれども若しも此推測にして違ふことなくんば我輩はますます失望せざるを得ず抑も電氣鐵道なるものの始めて實用に供せらるるに至りしは僅に三五年前の事なれども此三五年間殊に最近一年間に其進歩發達せしことは實に驚く可き程にして今や歐米諸國は正に電鐵時代に足を踏込みたるものと云ふも過言にあらず試に文明の利器を採用するに最も迅速鋭敏なりと知られたる米國に於ける電氣及び馬車鐵道の盛衰如何を尋るに最近の調査左の如し
電氣鐵道哩數 馬車鐵道哩數
千八百九十年 二千五百二十二哩 五千四百哩
千八百九十一年 四千六十一哩 五千三百二哩
千八百九十二年 五千九百卅九哩 四千四百六十哩
千八百九十三年 七千四百六十六哩 三千四百九十七哩
千八百九十四年 凡九千哩 未 詳
右の如く電氣鐵道の哩數は年年益す増加する其反對に馬車鐵道は次第に其哩數を■（にすい＋「咸」）縮しつつあること統計表に照して明なり此勢を以て進行くときは米國中に一線の馬車鐵道を見ざるに至るも遠きにあらざる可しと云ふされば電氣鐵道が馬車鐵道に比して遙に便利なる運〓〓なることは最早や確然たる事實にして唯此上の〓〓〓〓〓鐵道も又馬車と同じく電氣の爲めに壓倒せられ〓〓〓を絶つ可きや否やの一事なれども學者社會の説を聞くに〓競爭に於ても結局の勝利は必ず電氣に歸するものと認めて間違なきが如し世界の大勢にして既に斯の如くなる以上は我國と雖も亦其影響を蒙りて遠からず國中到る處に電鐵熱の勃興す可きは分り切つたる次第なり今日に於てこそ東京の八百八町に電氣鐵道など云へば何か耳新らしく不安心の如くに思はれて隨て其計畫に故障を容るる者あるも世間に咎めらるることなしと雖も今後數年を經過して世人が一般に新事業の便益を了解するに至れば今日得得として反對説を唱へつつある人人の無識頑愚は實際に表白して掩ふ可らず彼等は前年曾て東京市民の利益に反對したる者なり文明の進歩に抵抗を試みたる者なりとて永く世の中の笑の種にせらるる其有樣は人力車の將さに行はれんとせし時に態と駕籠に乘り斬髮流行の最中に尚ほチヨンマゲを戴く者に等しく路傍の小供にまで指さされて唯時候後れの評判を博す可きのみ左れば此事業に反對するは啻に一市公共の不利のみならず反對者自身の爲めに謀りても私の外聞宜しきものと云ふ可らざるが如し文明進歩の大勢は之を留めんとして留む可らず既に其留む可らざるを知らば斷じて之を推進するこそ公私の利益なれ我輩は飽くまでも上流士人の勇斷を勸告する者なり