「事の着手を速にす可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「事の着手を速にす可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

事の着手を速にす可し

臺灣の賊徒掃蕩の計畫は既に定まりて目下着手中のよしなれば遲くも來る十月前後には全嶋鎭定の效を見ることならん一般の整理は兎も角も今や鷄籠臺北を始めとして新竹以北は全く我手中に歸して其土地も狹からず取り敢へず施設を要する事業は多多なる可きに總督府の如き多數の官吏はありながら軍務の外は恰も手を空ふするの有樣なるが如し我輩の解せざる所なり彼の軍制組織の如きは總督府の運動に自由を與へ叛民鎭定の功を急がしむるに於て大に效能ある可し甚だ可なりと雖も新領地の始末は單に叛民鎭定の一事のみならず目下に經營す可き事業は甚だ多端にして一日を遲ふすれば一日の損あり何ぞ速に着手せざるや例へば臺北附近より新竹近傍に至る一圓の土地は何れも叛兵の巣窟にして擧て我軍に抵抗したるより過般來掃蕩を行ふて不逞の徒は大抵誅戮に就きたるもの多く幸に免れたるものは何れにか逃走して行方さへ知らずと云へば其地方は恰も空虚の有樣を呈したることならん目下收穫の季節に際して滿目の黄雲稻田正に熟するも之を刈るものなく空しく鳥獸の啄むに一任するとは天物を暴殄するものと云ふ可し獨り稻田のみならず茶園なり砂糖畑なり遽に主人を失ふて荒蕪に歸せんとするものも多かる可し其始末は如何す可きや或は現に軍政多事の今日、斯る細事にまで注意の行屆く可きに非ず好しや田畑が一時荒敗に歸するも其地方たる一小部分に過ぎず今後數個月ならずして百事緒に就くの曉には回復も容易なり意に介するに足らずとの説もあらんが軍政は自から軍政にして民政は自から民政なり嶋地が鎭定一歩を進むる毎に其善後の始末は自から之に任ずるものなかる可らず總督府には多數の文官あり細に注目して施設の宜しきを得ば看す看す利す可きものを損せずして濟むことも多かる可し我輩の聞く所に據れば目下内地の人民中には企業なり商賣なり種種の目的を以て臺灣行を望むもの甚だ多し唯特別の免許を受けたるものにあらざれば自由に渡航するを得ざるが爲めに止むを得ずして躊躇することなれば一旦大にその自由を與ふるときは續續渡航して直に業に就き彼の田畑の如き一時たりとも荒敗に付して收穫の利を空ふすることはなかる可し此邊の事は該地に在る官吏が最も注意す可き所にして一地方にても鎭定に歸するときは其處には直に内地人を移して業に就かしむるの計畫を定め全嶋掃蕩の曉には早く既に日本人の充滿を見るが如き决して困難事に非ず一日も早く航海の便を開て人民の渡航を自由ならしめんこと我輩の敢て望む所なり或は目下正に賊徒の剿討中にして動もすれば逆襲等の虞さへなきに非ず斯る土地に普通の人民を入込ましむるは甚だ危險なり又實際に出征の軍隊さへも後方の運搬とかく不行屆にして時としては欠乏を感ずる其所に多數の人が續續渡航するときはますます困難を増すに至る可しなどの掛念もあらんなれども總て是れ無用の掛念のみ彼の歐州人が亞非利加内地などに移住するに當り蕃民等の爲めに襲はれて生命を失ふが如き毎度の事なり臺灣に渡航を企つるが如きものは多少の危險は素より覺悟の前なれば他より之を氣遣はしく思ふは老婆心に過ぐるものなり又は運搬の困難云云と云へども人民の渡航を自由にするときは各種の物品は人と共に續續輸入して却て供給の道を開き軍隊の需用までも容易に辨じて寧ろ一擧兩得の實を收むるに至るべし速に航海の便を開て人民の渡航を自由にするは目下の急なりと知る可し