「勳功審査」
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時事新報に掲載された「勳功審査」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
勳功審査
征清の一擧は日本未曾有の大偉業にして前後、力を致したる文武の臣僚は何れも國の爲めに空前の功を建てたるものなり左れば其功を論じ賞を行ふに當り非常の恩典を以てす可きは勿論にして此程兩回に擧行せられたる授爵敍勳の沙汰の如き何人も至當と認めて異議なき所なる可し或は論功行賞は寧ろ下級のものより先にす可しなどの説もあるよしなれども是れは未開無法律の時代に主權者一人の手心を以て行ひたる筆法にして百事綿密の手續を要する今日に於ては望む可らざるのみか實際、無數なる將士の功勞を賞するには夫れ夫れ審査の必要もありて一朝夕の間に事を了す可きに非ざれば自から功の著しき上級のものよりするは止むを得ざる次第なりとして擱き爰に我輩の所見を以て審査の當局者に聊か注意の一言を述べんに軍功の調査は古來一大困難事にして動もすれば不平を免れざるの常なり盖し青天白日兩陣相對する塲合に著しき手■(てへん+「丙」)を奏したるものは何人の眼にも明にして之を争ふ可らずと雖も軍功は必ずしも青天白日の手■(てへん+「丙」)のみに非ず人の耳目の及ばざる處に非常の働を爲して容易に認められざるものもある可く或は兩人同一の功を建てながら一方は人に知られて一方は知られざるが如きこともなきに非ず審査の最も困難なる所以なり殊に今の政府は藩閥云云の世評に違はず陸海軍上級の武官は大抵強藩出身の人にして戰爭の局に當りしものも自から其人人に多きが故に隨て今度の恩典に與る可きものも多く其中より出づることならん數の然らしむる所、敢て怪しむに足らず我輩は此事實を認めて以て藩閥の情實など云云するに非ざれども凡そ近きに親しみ遠きに疎なるは普通の人情に於て免る可らず喩へば同じ功名手■(てへん+「丙」)の談を聞ても親戚朋友もしくは同郷人の事とあれば其感覺も自から別にして必ず記臆に存する其反對に平生より一面識もなき疎遠のものなれば深く心にも留めずして何時しか忘るるの状なきに非ず浮世の常態如何ともす可らず今回の審査の如き最も公平綿密にして情の爲めに動かさるることはなかる可しと雖も現に其局に當るものは多くは強藩出身の人にして又實際に軍功を奏したるものも同郷人に多しと云ふ世間の殊に注目する所なれば最も謹愼して嫌疑を避くるの心得こそ肝要なれ戰爭の結果は實に空前の偉業なり其勳功に對しては如何なる恩典も過分として之を咎むるものある可らずと雖も若し萬一にも其審査の上に就て一點の非難もあらんには甚だ惜しまざるを得ず我輩の聊か一言を述ぶる所以なり