「鐵道の敷設を自由にす可し」
このページについて
時事新報に掲載された「鐵道の敷設を自由にす可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
鐵道の敷設を自由にす可し
過般以來屡ば開會の噂ありては又屡ば延期したる鐵道會議も愈よ去二十六日より開會せられたり此度の會議に附せらる可き種種の議案の中に就て最も世間の注意を喚起す所のものは即ち新線路許可の問題に外ならざる可し是れまで私設鐵道に對する政府の方針を窺ふに只管この事業の計畫を制限して以て競爭の弊を防がんことを勉るものの如し然るに民間の企業心は甚だ盛にして新線路敷設の出願陸續絶えざれども首尾よく政府の許可を得て實際の工事に着手する者とては誠に寥寥たる少數に止まり遂に人をして鐵道事業の困難は募金に在らず工事に在らず唯政府の許可を得るの一時に在りとの歎を發せしむるに至りしこそ是非なけれ我輩の毎度論辯せし如く目下我國の鐵道は競爭よりも寧ろ專有の弊害を蒙りつつあるにも拘はらず當局者が漫に競爭の害のみを空想して其豫防法に心を奪はれ知らず識らずの間に却てますます專有の惡弊を養成し來りし其趣は恰も醫者が貧血症の病人に對して多血の害を恐れ頻りに■(にすい+「咸」)損療法を施して却てますます之を衰弱せしむる者に等しく視察を誤るの甚だしきものにして治術を受る病人こそ迷惑の至なれ我國の鐵道哩數は最早や三千哩に近からんとし之を數年前に比すれば實に著しき進歩なれども又一方に於て歐米諸國の例を以て推すときは我國の鐵道は人口面積に割合はして尚ほ法外に少なきものと云はざるを得ず昨年一月の調査に據れば歐米諸國の鐵道哩數は左の如し
北米合衆國 十七萬七千百五十三哩
獨逸 二萬七千四百三十九哩
佛蘭西 二萬二千零二十八哩
露西亜 二萬二千九百八十六哩(昨年末調) 大英國 二萬零六百四十六哩
澳地利 一萬八千零〓十八哩
伊太利 八千百三十六哩
西班牙 六十七百〓八哩
右の如く歐洲にて國勢最も振はず文明退歩の〓ありとまで稱せらるる西班牙にさへ尚ほ且つ七千哩に近き鐵道あるに東洋の新文明國として政治上に商賣上に是れより大に翼を張らんとする日本國が僅に其半數にも足らざる線路を以て滿足す可き理由は萬萬ある〓〓〓此一點より見るも我國の鐵道事業が今日の有樣に停滯するは天然の成行に非ずして全く人爲制限の結果なること明明白白なりと云ふ可し鐵道隆盛の極度を想像して其競爭の弊害を〓ふれば恐る可きものなきに非ざれども左る〓でも競爭の爲めに直接の損害を蒙る者は即ち營業者其人にこそあれば彼等にして苟も自家の損得を知る者ならんには何〓〓らに不利の競爭を企てて自から損失〓〓〓ことあらんや政府が頼まれ〓〓〓〓に心配して營業者の利益を〓〓せんとするは誠に餘計の世話にして其世話を被る者こそ却て「難有迷惑」なれ假りに一歩を讓りて鐵道營業者が前後を顧みず互に競爭して或は其爲めに失敗破産する者ありとせんか營業者の爲めには聊か氣の毒なれども競爭の結果として各會社が運賃を引下げ乘客荷物の取扱を改良し汽車の速力を増加する等のことあらば公衆一般は却て無量の便利を蒙るに相違ある可らず左れば國家全體の爲めに謀るときは鐵道の競爭は果して弊害なるや利益なるや容易に判斷す可らざるに似たり兎に角に目下我國の鐵道事業が競爭の爲めに衰頽するなどの掛念なきこと丈けは事實に明白なれば當局者は此際一日も速に舊來の干渉主義を斷念して施設線路の出願者あるときは大概の塲合には颯颯と許可して以て日本の鐵道哩數を世界に對して耻かしからぬ程度までに増進せしむることを勉む可しと我輩の切に勸告する所なり偶ま鐵道會議の開會に際し敢て平素の意見を再陳して當局者の注意を促すのみ