「戰はずして勝つ亦一策なり」
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時事新報に掲載された「戰はずして勝つ亦一策なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
戰はずして勝つ亦一策なり
征臺の近衛師團は非常の困苦を冒して頻りに南進し後發の各師團兵も續續出征の途に就きて前後〓着したるものも多かる可し全軍司令の任を帶びたる高嶋副總督赴任の上は涼秋の候に乘じて大軍南下、一擧して亂賊の剿滅に着手する計畫なりと云へば全嶋一掃の效を奏するは今後一二箇月の間に在ることならん聞く所に據れば賊衆劉永福の麾下に屬して南方の地に屯集する賊兵は凡そ五六萬の數にして彼等の擧動を察するに成る可く兵力を分たずして我兵を根據地に引受け一擧に雌雄を决する覺悟なるが如しと云ふ或は最後の一戰非常に激しきこともあらんかなれども又一方より見れば彼等如何に剽悍なりと云ふと雖も久しく孤嶋に割據して後援の頼む可きものなく糧食は單に徴發に依頼して充分ならず兵器彈藥の如き或は竊に支那大陸より供給するの沙汰あれども素より他の眼を掠めて秘密の輸送に過ぎざれば高の知れたることにして以て其兵氣を振はしむるに足らず精鋭日に加はる我大軍を引受けて到底支ゆ可らざるは分り切たる次第にして彼の賊將の如きは斯る賭易きの數を知らざる筈なければ支那人の常として未だ親から戰はざる前は漫に大言を吐て豪勇を粧ひながら形勢いよいよ切迫するに至れば大將先づ自から逃げ去りて餘衆隨て潰亂するが如き案外の成行なしとも云ふ可らず彼の巨魁に至りては最初より事の情を知りながら兵を出して我に抵抗し又は土民を煽動して蜂起せしめたるなど敵意は明白にして决して恕す可きに非ず飽までも追窮して其罪を糺す可きこと勿論なれども彼の麾下の賊兵等は自から事の道理を辨へざるか若しくは他に強迫せられて止むを得ず抵抗を試みたる輩にして其情自から憐れむ可きものなきに非ず一擧剿滅素より望む所なれども戰はずして勝つ亦智者の事なり是に於て竊に我輩の一案を述べんに我大兵南方に集中して剿滅の計畫全く成り賊膽既に寒きの時機を見計ひ孤立援なきの弱兵を以て精鋭日に加はるの大軍に敵す萬が一にも勝算なきは明白なり彼等既に賊魁の教唆を受けて苟も王師に抗す其罪極めて大なりと雖も亦自から恕す可きの情なきに非ず早く改悟の實を表し兵器を投じて來降するに於ては其罪を許し生命を助けて本國に送還す可し云云の趣を諭したらば彼等も最早や勢窮して失望落膽の折■（てへん＋「丙」）、先を爭ふて軍門に降伏し今後或は兵を勞せずして事、定まるに至るやも知る可らず最初より恩を施して漫に狎れしむるは决して得策に非ずと雖も大兵を以て賊の巣窟に臨み充分に彼等の膽を奪ひ眞實心の底より屈服せしむるは我威武を輝すの一點に於て既に目的を達したるものなり當局自から人あり塲合に據りては必ず臨機の手段もあることならん戰ふて勝つも戰はずして勝つも勝利は同一樣にして實際の戰功に相違はある可らず實地の模樣次第にて或は斯る手段を用ふるも亦自から一策なる可し