「自由渡航と定期航海」
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時事新報に掲載された「自由渡航と定期航海」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
自由渡航と定期航海
臺灣の自由渡航は目下一般に希望する所なれども其筋の特許を得たるものの外は人も船も自由の往復を許さざる程の次第なれば况して定期航海の如き未だ其計畫さへも聞かず如何なる事情かは知らざれども緩慢至極の沙汰なりと云ふ可し或は草賊未だ剿滅に就かず政府は正に征討の軍務に忙はしくして斯る事まで世話するの暇なしと云はんかなれども人民の渡航は軍事に關係なし只これを許しさへすれば銘銘勝手の方便を以て自由に運動す可し之が爲めに其筋の手段を煩はすの掛念はある可らず今や我軍隊は次第に南進して凡そ嶋地の一半は既に我統治の下に歸したり農民の移住なり事業の計畫なり充分に餘地を存して内地人の渡航を望むものは多多なれども只許可を得ること容易ならざるが爲めに志を懷いて空しく躊躇するのみ又軍事の一點より云ふも嶋地に在る人數は兵隊軍夫を合せて十萬以上を算することならん此多人數に要する食糧物品等は非常の額にして其供給は實際に容易ならず是等は何れも政府の力を以て運送するものなる可し或は北清地方の戰爭の如く深く敵地に侵入して海陸の運送共に不便の塲合ならば政府の獨力を以てするも止むを得ざる次第なれども臺灣は嶋地にして何れの地方も海運の便あるのみならず既に敵國との戰爭に非ずして航海の途中に危險の患もなきことなれば人民の私に各種物品の運送を自由ならしむるときは自から競爭の姿を成して軍隊の供給も案外容易に辨ずるに至る可し世間にては政府が一般に自由を與へざるは一種の事情あるが爲めなりなどの説なきに非ず齊東野人の語に過ぎざれども畢竟特許の制を設けて人を限るが爲めに斯る説も生ずることなれば實際に不都合なきのみか寧ろ便利とあるからには速に特許の規則を止めて自由渡航を許すこそ得策なれ而して人民の渡航を自由にするに就て必要なるは定期航海の開始なり郵船會社の如きは過般の戰爭中に際して早く既に占領地の定期航海を企てたることあり昨今は御用船もたひたひ解除の命を受けて船舶にも乏しからず且つ臺灣の航海線は早晩開始す可きものなれば政府は宜しく其事を奬勵し或は相當の保護を與へても速に事に着手せしむ可きものなり草賊未だ全く誅に伏せずと雖も既に我統治に歸したる土地は尺寸も其經營を怠りて空しく荒敗に付す可きに非ず夫れも或は非常の手數を要することなれば兎も角もなれども只人民の渡航さへ自由にすれば内地人は續續入込み銘銘の力を以て經營に從事し毫も政府の世話を煩はさずして事は自から緒に就く可しと云ふ利害得失、一考を要せずして自から明白なり我輩は只政府の速斷を促すのみ