「キユーバの叛亂」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「キユーバの叛亂」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

キユーバの叛亂

目下世界に三つの戰爭あり即ち臺灣の戰爭、キユーバの戰爭、マダガスカルの戰爭にして其状况の相肖たるは亦一奇觀と云ふべしマダガスカル、キユーバ、臺灣共に大なる嶋嶼にして孰れも其主權國の支配を喜ばず戟を執て官兵に抗し勢、甚だ猖獗にして容易に屈伏せず氣候は共に炎熱にして遠征軍は共に病氣の爲めに苦むが如し但し臺灣の叛賊は追追攻め立てられて最早や嚢中の鼠の如く運命旦夕の間に迫りマダガスカルの土民も勢既に〓して降旗を掲るは近きにあるべしと雖も獨りキユーバに至ては叛徒の勢ますます強くして征討軍の旗幟活氣なきが如し今西洋新聞紙の報ずる所に據て〓〓末を記さん〓叛徒の兵器を執て遠征軍に抗するものは僅に一萬五六千の數にして西班牙軍の征討に臨むものは五萬三四千の大數に及べども開戰以來大小幾多の戰に互に勝敗ありて大局の運命未だ定まらざるのみならず近來叛徒の旗色は日日に盛にして遠征軍の勢は縮みて伸びず征討總督カンポス將軍は本嶋の自治を許すの已むべからざるを本國政府に稟議したりとの報さへあり西班牙政府は來る十月までに更に三萬の援兵を派遣する心算なりと云へども此援兵は病氣又は戰の爲めに斃れし死傷者を補充するに止まり遠征軍の力に加ふる所なければ事局の困難は爲めに變ずることなかるべしと云ふ抑も斯くの如き大軍を以て斯くの如き小敵に臨みながら斯くの如く困難するは何故なるやと云ふに叛徒は年來の壓制を憤り恰も噴火口の破裂したるが如き勢を以て蜂起したるものにして各各血沸き氣激し斃れて後已むの精神を以て戰陣に臨むに反して西班牙軍は只お役目の爲め戰ふものなれば其意氣込みに於て自から異なる所あるのみならず氣候の酷熱も嶋民は多年之に慣れて左までに感ぜざるに似ず遠征軍は爲めに病を發して斃るるもの少なからず尚ほ臺灣土民の炎天に平氣にして我征臺軍の之に苦しむが如し然かのみならず嶋民は何れも叛徒に同情を表し直接間接に種種の便利を與ふると同時に西班牙の官兵に對しては公然或は隱然敵意を示して其不利を謀るが上に叛徒は能く地理を諳んずるが故に各各幾個の小隊に分れ征討軍の先き廻りして或は要害を扼し或は叢林に潛み神出鬼沒自在に運動して或は追ひ或は追はれつつ西班牙軍をして奔命に疲れしむる其趣きも亦臺灣に於て我精鋭なる軍隊が當初一時鼠賊の爲めに勞したるの情に異ならず而して叛亂の原因如何を尋ぬるに本國の壓制に出るものにして千八百六十八年に於て自由獨立を熱望する嶋民は武器を執て奮起し殆んど十年の間屈せず撓まず官兵と戰ひ本國政府が大に自由を與へ政治を改良せんことを約するに及んで始めて武器を投じたりしに然るに其後とても政道宜しきを得ず嶋政全體の組織は嶋民の爲めに畫策せられしにあらずして西班牙人の利益を計るの目的に出で二三西班牙人の懷を肥すが爲めに嶋民に重税を課すると同時に西班牙の貨物に課税するを禁じ政權は大小となく盡く西班牙人の爲めに占められ而かも其西班牙官吏は何れも清廉潔白を去ること遠きのみならず裁判所も亦た腐敗の空氣充滿して正道の行はるること稀れなる尚ほ其上に近年商賣は甚だ不景氣にして土地及び同嶋の名産たる砂糖の價は著るしく下落し地主等は已むを得ず高利の金を借りて所有の地面は何時しか西班牙人の手に渡り勞働者も其影響を受けて上下共に苦まざるなし即ち嶋民の不平なる所以にして近頃ハバナ西方鐵道會社が代價二千磅の機關車を輸入したるに一千磅以上の重税を徴し又一噸十二磅の鐵器五百噸を輸入したるに一噸に付十磅の重税を課したりと云ふが如きも亦其政治の無法なる一例として見るべきものなり事情斯くの如くなれば叛徒の起る偶然にあらざれども若しいよいよ本嶋が西班牙の羈絆を脱することともならば西班牙の爲めには實に氣の毒と云はざるを得ず一時勢威を世界に振ひし強國も國●力●次第に衰弱して嘗て新世界に有したる廣大の所領地も漸次に其手を離れ今は只昔しの名殘りとして僅かにキユーバを有するのみ或は亞細亞にヒリツピンあり阿弗利加にも聊かの所領地ありと云ふも固よりキユーバに比すべくもあらずキユーバは面積四萬餘方哩、人口百六十餘萬を有し砂糖、煙草の産出少なからず此二品を重なるものとして其他の産物を併せ千八百九十二年の總輸出額は八千九百六十五萬弗に達し輸入は五千六百廿六萬五千弗に及び歳入は二千四百四十四萬弗にして内海關税は一千百三十七萬五千弗を占め電信は二千八百哩、鐵道は一千哩にして常備兵二萬餘の數あり西班牙にして若し之を失ふこともあらば恰も其片腕を奪はれたるの思ひあるべし本嶋民の中にも西班牙の壓制を憤ると同時に全く獨立して共和國を建つるの困難を感ずるもの少なからざる樣子なれば西班牙政府は奮て從來の弊政を改革して嶋民に滿足を與へ以て永く之を失はざるの工夫あらんこと余輩の餘處ながら西班牙の爲めに希望する所なり