「國論の一致調和の好機」
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時事新報に掲載された「國論の一致調和の好機」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
國論の一致調和の好機
數年來官民の軋轢甚だしく水火相排して互に相近くを得ず〓會は是非に論なく政府に反對して一意破壞を事とし政府は對〓〓策に汲汲として他を思ふに遑なく國事は爲めに遲遲として進まざるの觀ありしに今回外戰の一擧以て從來の行掛りを忘れしめ區區の異論を打破して官民の向ふ所を一にしたるは實に日本の大幸と云ふ可し民力休養地租輕■(にすい+「咸」)は民黨年來の旗標にして政府も啻に〓始末に困却せしことなりしかども戰爭以來之を口にするものなきのみならず更に租税を増加して人民の負擔を重くす可しと主張し平生國權の伸張せざるを憂ひながら當局者の不信認を云云して國家事業の擴張を拒みしものも今は只其急を説くのみにして却て當局者の緩慢を責めんとするの勢を示し又對外政略に就き常に優柔不斷の譏を招きたる元老政府も既に外戰をさへ决斷したるほどなれば引込思案に沈みて舊時の無爲に立戻るが如きは勢の許さざる所なる可し左れば日本の國論も始めて爰に一致の姿を呈して官民調和の時節到來したることなれば好機失ふ可らず此際大に政府の門戸を開て在野の元老を迎へ相互に提携して事を共にするは所謂大膽政略にして當局者の爲めに謀りても自から安全の道ならんと云ふ其次第は前に云へる國論の一致とは單に朝野政論の一致にして其感情の一致にあらず國民の或る部分は戰勝を喜び國家の光榮を賀すると共に其政府を疾視するの情は依然として舊に異ならず政論の得失は擱き胸中唯取て代るの一念あるのみ近頃責任問題と唱へて物論の稍や喧しきが如きも畢竟するに感情の和せざるが爲めにして其目的は他なし側面より當路者を苦しめんとするの方便たるに過ぎず故に今戰勝の餘勢、國論一致の姿を呈したりとて之を此ままにして獨り政府の功名を耀かし在野の政客をして依然失意の境遇に呻吟せしむることもあらんには全國戰勝の醉の漸く醒むると共に漸く不平の聲を高くして實際施政の利害に論なく苟も政府に釁の乘す可き者あれば來て戰を挑み之を鎭壓せんとすれば益益激して遂には双方共に騎虎の勢となり恰も國事を黨爭の犧牲として紛爭に日を送るの舊態に還るなきを期す可らず事若し此に至らば其責は何處に帰すべきや在野の政客固より罪を分たざる可からずと雖も抑も國事を處理して治安を維持するは政府の任にして恰も主人の地位に在ることなれば主客相對して主人の責は更らに重からざるを得ず况んや紛爭を絶つの好機會は目前にあるに於てをや我輩は政府に向て多を求る者なり紛爭の由て生ずる所以の原因を遠きに求めずして禍を既發に防ぎ單に冷なる法律に依頼して集會を解散し演説會を中止し新聞紙を停止し政客を訴ふる等警察法の枝末に汲汲たるが如きは經世家の事に非ずとして甚だ感服せざる所なり當路者は此賭易き情勢を見ながら何を苦しんで在野の舊友を疎外するや古人の言に合して立ち離れて倒ると云ふ其離合の際には種種無量の情實もあらんなれども情實は君等の私事にして國民は之を知らず我輩は誠實なる國民と共に政府の基礎の固くして長からんことを願ひ朝野元老の合體を勸告する者なり