「・政黨の消長」
このページについて
時事新報に掲載された「・政黨の消長」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
・政黨の消長
歳に春夏秋冬の循環あり政黨に盛衰消長の勢あり西洋にても日本にても敢て異なる所なく尋常の事態として見る可きものなれば其盛を見て誇るに足らず其衰に遇ふて憂ふるに足らざるは猶ほ春花秋月の美を愛して而かも其永からざるを悟るものゝ如し然れども此自然の成行以外に自から人力以て大勢を左右することなきにあらず例へば責任内閣を以て國是とする英國の如きにありては政黨の掛引運動最も大切にして其巧拙如何に依りて在朝黨は啻に其政府を失ひ黨勢を墜すのみならず容易に挽回の策さへ立たざることあり在野黨も亦然り一旦その策を誤るときは如何に政府を攻撃すればとて何等の效果なく返って天に向て唾して自から其面を汚すの失敗なきにあらず故に彼の國に於て在野黨の在野黨に對するや常に政爭の中心と爲す可き時事問題の選擇取捨を愼み引滿自重敢て容易に發せざる其忍耐は之を傍觀して驚く可きもの多し蓋し屡々發して屡々失敗するは自から其黨勢を殺ぐの媒介にこそあれば勝算の疑はしきものは豫め避けて動かざる其代はりに一朝必勝の見込ある問題に逢ふときは全力を傾けて開戰を宣告し論攻舌撃の祕術を盡して毫も假借せず遂に反對政府の轉覆を見るに至らざれば止まざるの常なり今春のことなりと覺ゆ英國保守黨のサー ヘンリー ゼームスが一意專心ロースベリー内閣を倒すに急にして攻撃問題の選擇を誤りしより其失敗の結果として一時却って當時の内閣に勢力を增したるの感ありしかば爾來保守黨は暫く論鋒を收めて時勢を窺ひ二三箇月以前に至りて再擧を謀り意外の邊より敵黨内閣の弱點に付入りて首尾能く奇功を奏したるこそ好き手際なれ畢竟保守黨が前の輕擧失敗に懲りて後を愼み能く人心の歸嚮を察して問題の取捨を決し其閒の緩急宜しきを得たるが故なり之を要するに政黨の掛引は兵に異ならず動かざること泰山の如くにして動けば則ち疾風の草を拂ふが如くなる可し時事問題の輕重緩急を計らず天下人心の向背を察せずして漫に運動を試み恰も事の成敗を度外視して獨り自から無聊を慰るが如きは政治家の本色に非ず我議會の會期も近きに在り民閒の政黨は政府攻撃の材料として何等の問題を利用するや其選擇の當否は黨勢の消長に關すること大なるのみならず亦以て黨員の智愚を卜するに足る可し我輩の刮目して見んと欲する所のものなり