「・商業家の熟考を望む」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「・商業家の熟考を望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・商業家の熟考を望む

今回農商務省にては淸國新開市場の實況取調の爲め視察員を派遣するに付き此際民閒に於ても委員を派して共々に調査せしむれば便宜少なからざる可しとて全國の商業會議所に其旨を通知したれども勸誘に應じて同行を申出でたるもの甚だ少れなりと云ふ商業家は何故に斯る好機會を利用せず空しく手を束ねて傍觀せんとするか我輩の解せざる所なり抑も日淸の平和條約に於て彼の内地を解放せしめ商賣製造の自由を讓與せしめたるは商工業の利益を謀るの目的にして其結果を實際に收むるは商賣人の力に依るの外なし此處は當業者も非常の奮發熱心を以て事に當る可き所なるに荏苒今日に至りしは既に時機を逸したるの感なきに非ずや今や通商條約訂結の期も近きに迫りて最早や一日も猶豫す可き場合に非ず左ればこそ當局者に於ても特に視察員を派遣し實況を調査せしむる次第にして商業家に向て同行を促がしたるは成るべく其調査を實際に近からしめ成るべく企業の便利を與へんとの趣意に出でたることならん聞く所に據れば今度外務省にては上海在勤の領事をして新開市場を巡回し居留地の取極を爲さしむる筈にて右の視察員も領事と同行の都合なりと云へば商業家の爲めには旁々好都合にして之と同行すれば居留地の位置區域等を定むるに際してもおのおの所見を陳べて參考に供するの便宜もあらん又自家の商賣の爲めにも種々樣々の實事情を視察して百聞一見に若しかず今後の方針を定むるに大に據る所を確にすることならん公私無限の利益と云ふ可し抑も商賣人たる者は獨立の思想を以て自から運動すべし政府の世話などは一切仰ぐ可らずとは我輩の平生説く所にして實は支那内地の視察などは特に商人自身より發起して寧ろ官吏の同行を勸誘する程の熱心にて始めて商界の地位も維持す可きことなるに平和の回復以來時日の既に久しきにも拘らず自から進んで實際の調査に着手したるものとては一二の會社が上海の邊に社員を派したるのみにして其他には絶えて聞ゆることなきのみか他の勸誘を受け當局の官吏と共に事を共にするの便宜を得ながら猶ほ進むの勇なくして因循姑息とは何事ぞや目下の急は〓に先じて機を制するにあり我利益線を支那の内地に〓張して商賣製造の地歩を進めんとするには其計畫一日片時も猶豫す可らず政府の官吏が如何に心配するも一般の商人にして否らざるときは實際の事に毫も益する所なし我輩が當業者に向て呉れ呉れも熟考を望む所なり