「・軍事公債募集の時機」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「・軍事公債募集の時機」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・軍事公債募集の時機

高の知れたる臺灣の〓賊、何程の事をか爲し得んと思ひの外頑強に抵抗して征討も果敢果敢しく其功を奏せず今は數萬の大軍、賊徒と相對すれども全く鎭定するまでには尚ほ數ケ月を費す可く隨て其費用も少なからずして今後數千萬圓を要するのみならず善後策の費用も豫め定め難きが爲め議會の協贊を求るに由なくかたがた以て或は軍事費の内より支辨するの必要を感ずることもある可しと云ふ左れば今後臺灣に要する軍事費は莫大の額に上ることゝして其出處は何れよりするが國庫の剩餘金も特別會計の繰替金も將た是れまでに募集したる軍事公債金も征淸役に用ひ盡して今尚ほ日本銀行に一千何百萬圓の借財ある程の次第なれば目下國庫に餘裕のある可き筈なし國庫に餘裕なければ前記の需用に應ぜん爲めには公債を募集するか又は更に日本銀行より借り入るゝの外ある可からざれども同銀行にては目下既に五分税付の兌換券一千幾百萬圓を發行し居る次第なるに此上更に幾千萬圓の大金を同行に求めて益々制限以外の兌換券を增發せしむるは事態甚だ面白からず左なきだに騰貴の一方に向へる物價は爲めに愈々激騰して止まる所を知らず細民は衣食に窮すると共に既に熱したる企業熱は一層激發して怪しき會社は雨後の筍の如く諸方は勃興して遂に經濟社會の安寧を貪るの虞ある其上に公債を募れば五分の利にて濟む可きものを日本銀行より借入るゝときは七分の利を拂うの約束なるが故に政府は二分の金利を損せざるを得ず旁々以て借入を不得策とすれば公債募集の一法あるのみにして募集の時機も亦今方さに妙なりと云ふ其次第を述べんに日淸戰爭の爲め莫大の金を費したれども其費額の内より外國に出でたるは一小部分にして他は悉く民閒に落ちたるのみならず外戰一年の閒、内國に起る可き一切の事業は先づ中止の姿にして恰も國民の財力を養ひ上下一般勤儉を旨として貯へ得たる金錢も全國を通算すれば莫大の數に上ることならん其上に近來外國貿易は未曾有の好況を呈して輸出輸入共に繁昌を極むるが中にも貿易品の第一位を占る生絲の如きは一千圓以上の高價を現はし賣行きも甚だ活溌にして隨て集まれば隨て賣れ曾て在荷の堆資を見ざるほどなれば戰爭中船舶買入れ等の爲め海外に出でたる金錢も次第に復歸の勢を示して金融日に緩慢を告げ諸銀行ともに利率を引下げて二錢一二厘の安日歩も尚ほ借用の客なきに苦しみ九十五圓にて賣出したる軍事公債は百二三圓の高價を示し株券は騰貴も貯金は增加し米價も本年の作柄案外の上出來にも拘はらず九圓何十錢の高値を保つが如き何れも金の豐なるを證するものなれば此時を空ふせずして公債の募集に着手するは巧に時機に乘ずるものと云ふ可し十一月に至れば五千萬兩の償金を入手する筈なれども是れは軍備擴張、特別會計繰替金の返却等別に用途もあれば必ずしも當にす可らず且つ目下起業最中なる諸會社の株金拂込は追々切迫の時節と爲り夫れ是れの事情を察するに金融は今日よりも一層〓〓に〓す可しと思はれず故に臺灣の事に關する一切の費用は之を公債募集に訴へて即決實行せんこと我輩の切望する所なり