「三浦公使等の處分」
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時事新報に掲載された「三浦公使等の處分」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
三浦公使等の處分
今回の京城事變には日本人も關係したりとのことなれども其關係者は只二三の無賴壯士に過ぎざることならんと思ひの外我公使館の邊にも本分を等閑にして心得違ひの者ありしやにて公使は今回免職の處分を受けたる由昨日の官報に見ゆ自から懲戒の意味ならん誠に遺憾の至りにして初め當局者の人撰其宜しきを得ざりしを悔ゆるの外なけれども此類の閒違ひは世閒にも往々あることにして千七百十七年英國駐在の瑞典公使ギールレンボルグ伯はハノーヴアの朝廷に對する陰謀に與みしたりとて拘留せられ又千七百十八年巴里駐箚西班牙公使モルラメーア公はオルレン公の政府に對し謀反を企てたる爲め亦拘留せられしことあり孰れも出先きの者の心得違ひにして本國政府の迷惑は一方ならざれども既に出來たる閒違ひは如何に悔ゆればとて取返しの付く可きことに非ざれば只速に其當事者を處分して内外に本國の意志を明かにするより外に手段ある可らず乃ち我政府は一方に於ては公使を免職して之を懲戒し他の一方に於ては其外の嫌疑者をも司法處分に附せんとて曩に朝鮮より退去を命ぜられて歸朝したる者數十名を逮捕したりと云ふ事變後、時を移さずして此等の處分に着手したるのみならず前後少しも事實を隱蔽するの痕なく閒違ひは閒違ひ、罪は罪として悉く之を世閒に發表し大員より小者に至るまで嚴重に詮議して夫れ夫れ相當の罰に處せんとする其心事や公明にして其處置や正大なりと云ふ可し之を彼の支那に於ける宣敎師虐殺事件の處分に比すれば雲泥の相違にして彼に在ては被害國より嚴重なる談判を受け切迫なる催促を蒙るも尚ほ事を曖昧に附し去らんとして罪人の處分に外人の立會を煩はし其地方官の如きも不注意にして災を未然に防ぐこと能はざりしのみか寧ろ煽動敎唆したるの跡あるも之を不問に附しさらんとし被害國より嚴しき掛合を持ち込まるゝに至りて始めて餘義なく之を處分したり環視の諸國も兩々對比し來れば日本の處置の敏活にして公明なるには滿足を表するの外なかる可し此上は唯この閒違ひを絶後として再び不幸を見ることなきを期するのみ畢竟するに今回の不幸は出先きの人々が朝鮮と名くる一國の一局部を見て世界文明の大勢を思はざるより生じたることなれば今後彼の國に公使たらん者は少小より文明の敎育に浴して文明の事情に通達し然かも多年の熟練世界國交際の酸甘を嘗めたる人物にして始めて可なり序でながら希望する所なり