「・富國の實を發表す可し」
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時事新報に掲載された「・富國の實を發表す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
・富國の實を發表す可し
日本は決して貧國ならず殊に近年來の發達進歩は非常のものにしてますます國力の源を深くし世界の文明諸國と相對するも著るしき遜色を見ざるは數の明白に示す所なり左れば國民たるものは自から顧みて意を強うすると同時に其實を外に發表して國力相應の地歩を占むるこそ當然なるに從來の國風として人民は兔角自家の分限を祕して外に現はさず富豪大家の人々と雖も殊更らに質素の風を粧ふて外觀を粗末にするの常なるが故に西洋諸國の有樣と比較するときは恰も貧國の觀を呈して自から下風に立つを免れず爲めに國の品位を落して知らず識らずの間に損することも少なからず遺憾の次第なりと云ふべし或は内の實力にして充分ならば外より何と見らるゝも差支なし扨云はんかなれ共決して然らず喩へば爰に有爲の人物あり材能の異常なるにも拘はらず深く自から韜晦して其材能を現はさゞるときは世間に認められずして一生を不遇に終らざるを得ず其遇不遇は當人の覺悟次第にして自から甘んずることならんなれども今の文明立國は十の力を二十にも粧ふて互に富強を誇り以て他を壓し自から利せんとする其競爭の世の中に充分の力を蓄へながら之を外に現はさずして他に貧國視せられ看す看す不利を蒙るとは如何にも馬鹿げたる話にして我輩の忍ぶこと能はざる所なり蓋し我國にて斯る一種の氣風を養ひたるは封建專制の豫習に外ならず當時の社會は一般に質素儉約を旨としたるのみならず此點に於ては政府の干渉甚だ嚴重にして生活の細事にまで立入り例へば平民の乘馬を禁じ衣服の制限を設けて苟も之を犯すを許さず甚だしきは商賣を營み奇利を博したるが爲めに罰せられたるものさへもある程の次第にして其窮屈なる想像の限りに非ず因習の久しき自から社會の習慣を成して今日に至りても改めず如何なる金滿家にても深く其實を祕して外に現はさゞるの風を養ひたるこそ是非なけれ現に政府の役人などは其收入の多からざる割合に贅澤の生活を爲し宏壯美麗の邸宅を設け出入に馬車を驅るが如き敢て怪しまざれども普通の商賣人にして馬車に乘るものは絶無と云ふも可なり然らば日本の商人は貧乏にして馬車に乘るの力なきやと云ふに決して然らず實際には文明諸國の金滿家に對しても敢て劣らざるの富豪大家に乏しからず其人々が實力相當の贅澤を爲すときは社會の外觀は今日の如く殺風景 ならずして大に觀る
可きものあることならんに邸宅を構ふるにも外を質素にして成る可く他の着目を避け出入の折には態と人力車に乘るなど反對に身分不相當の擧動は畢竟封建の餘習を脱せざるものに外ならず贅澤するもせざるも人々の勝手なれども爲めに來遊の外國人が少しく金を散ずるときは一般の人々は到底日本人の及ばざる所なりとて之に驚くのみか外人も亦人民生活の有樣を一見し日本は貧國なりとて竊に輕んずるの心を生ぜしむること遺憾なれ凡そ一國の國風は自から之を代表するものなきを得ず學者發明者多ければ其國の學問技術の進歩を卜す可く猛將勇士多ければ尚武の氣風盛んなるを認む可し富豪大家の多きは即ち富國の徴候にして外國人の如きは富豪大家を以て國の富を代表するものと認むるこ
となれば其人々は從來の風習を脱し身分相當の生計を敢てして國力の實を外に現はさんこと我輩の希望する所なり