「・當局者の心事」
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時事新報に掲載された「・當局者の心事」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
・當局者の心事
政府の當局者と自由黨との結託は公然發表せられて政界に新生面を開きたり目下の政黨中に黨員の最も多き自由黨が擧って政府に贊成とあれば國會の議場に於ても多數を制することならん當局者も一と先づ安心にして此程世間に噂したる大隈伯入閣の談なども先づ以て覺束なきに似たり然らば政府は飽までも自由黨に據り他の反對に當りて成敗共に事を終始するの決心なりやと云ふに我輩の所見を以てすれば其結託は當局者が自から爲めにしる一時の方便には非ずやと竊に疑はざるを得ず抑も日淸戰爭の成績は前古未曾有の偉業にして事を全うしたる其大功名は當局者の一身に歸して之を爭ふものはある可らず一般に許す所なれども盛名の下は非毀怨望の集點にして古來大功名を博して終を善くしたるものは甚だ少なし智者の戒しむ可き所にして戰爭結局の後、身に餘る勳爵の榮を辱うしたる時の如きは引退の好機會なり自から地位を去て一時反對の氣焔を避るは進退の妙を得たるものなりしならん或は本人の心事は全く反對にして偶然の大功名に大得意を催ほして獨り自から地位の萬々歳を夢みたるやも知る可らずと雖も彼の干渉事件と云ひ又今回の朝鮮事件と云ひ端なく世閒に非難の聲を高めて所謂責任論の喧しきを致したり本來干渉事件の處分は實力如何の問題にして何人をして局に當らしむるも今日の國情に於ては他に分別もなかる可し又朝鮮事件とても責の歸する所は自から明白なるにも拘はらず目下の事情、殊に喋々して責任を論ずるの場合に非ず靜に人々の心に問へば何れも合點する所なれども如何せん社會の人情は一般に反對の方向に傾き當局者の擧動とあれば何か難癖を付けて功過共に非難するの風を催ほしつゝあるが故に目下の責任論の如きは尚ほ未だ痛痒を感ずるに足らずと雖も今後政局の困難は自から想像するに難からず當局者決して愚ならず昨今に至りては大に悟りたることならん飽までも地位を守りて滿社會の非難を一身に集むるときは折角の功名榮譽を傷けざるを得ず此處暫く反對の氣焔を避て身を退けば再び志を得るの機會なきに非ず其利害得失は自から明白にして覺悟は既に定まりながら何分にも時機の宜しからざるは議會招集の眼前に切迫したる一事なり議會を前にして退くときは反對論に畏縮して敵に背を示すの嫌なきに非ず體裁家の好まざる所なり左ればとて開會の曉を如何と云ふに軍備擴張の如きは滿場異議を見ざることならんなれども情海の反動、案外に責任論などが成立して解散の斷行、止むを得ざるに至ることもあらんにはますます機會を失うて進退に窮せざるを得ず是れ又智者の事に非ずとて彼れ是れ推敲の中には在野の元老を入れて負擔を分ち一身の關係を輕くせんとの思案も浮びたることある可し大隈伯入閣の噂なども此邊の意味より生じて強ち無根に非ざりしならんなれども對手には自から對手の注文ありて政府全體の事情を見れば容易に行はる可きに非ず是に於てか思案一轉、自由黨が近來擧動を一變して其鋒鋩を收め政府に近づかんとするの色あるを幸ひ之を引て一時、事を共にするの得策を認め扨ては結託の實を見たる次第には非ざるか自由黨の勢力大なりと云ふと雖も一たび政府と結ぶときは他の反對黨は自から一致結合してますます反對の勢を盛ならしむるは勿論、又政府の部内にておひおひに苦情を生じて折合の困難を來さゞるを得ず實際に必然の成行なるに然るに事を見るに機敏なりとの評判ある當局者にして敢て此策に出でたりとは一時の多數を制して兔に角に今度の議會を無難に切拔け夫れを機會に功名榮譽を全うして一身を潔うするの方便には非ずやと我輩の竊に推測する所なり果して然らば自由黨は忽ち賴る所を失ひ單に政府黨の名を博するに止まるのみなれども其事は自から別問題として擱き餘所ながら他の心事を忖度したるに過ぎず其當否は我輩に於ても自から知らず只事實の判斷に一任せんのみ